●アイカム50周年企画「30の映画作品で探る”いのち”の今」 第2回 腸内フローラ その共生の姿を探る <2018年6月23日(土)>
上田:
みなさん、こんにちは。アイカムの50周年企画の上映会、2回目になります。私は進行役を務めますNPO法人市民科学研究室の代表の上田です。前回も好評で、引き続いて参加されているみなさんもおられます。後半にたっぷりみなさんとお話する時間も入れて、まずは映画をゆっくり見ていただこうということで、3本続けて見たいと思います。映画のはじめに社長の川村さんから、どんな映画なのか、説明していただくという流れで進めたいと思います。
今日のテーマは、「腸内フローラ」。健康について語られる時に非常によく取り上げられる話題の一つになってきているのではと思います。ただ、生きて動いている腸内細菌を見たことのある人は少ないのではないかと思いますし、ましてやおなかの中で実際にどんな働きをしているかをどう科学的に検証して行くかという話になるとそう簡単ではありません。理解するのはなかなか難しいということもあるかと思います。今日は、ご専門になさっている細野先生もお招きしていますので、後半にいろいろ質問いただいて、深めていただけたらと思います。それでは、川村さんに映画の紹介と最初、ちょっと基礎的なお話をお願いします
川村:
アイカムの川村です。私たちの会社は1968年創立で、今年で50周年、それを記念しての上映会なのですが、今日はとてもお若い方(小学4年生)もおられますので(会場笑)、ちょっと解説します。今日の1本目、2本目の映画の題名は、『腸内菌叢と宿主』です。ちょうないきんそう、菌は細菌、叢(そう)という難しい漢字はあまり使わないけど「くさむら」という意味です。で、宿主(しゅくしゅ)、あるいは、映画の中では宿主(やどぬし)と読んでいますが、私たちの体のことです。私たちの体の中に棲んでいる菌のお話です。腸内菌叢は、腸内フローラのことです。
腸内フローラ、フローラってお花畑と訳されることがあります。お花畑というと、みなさん、人工的な花壇を思い浮かべるかもしれませんが、もともとは高山などの自然のお花畑です。崖崩れや山火事で、草木が無くなって裸の土が出て来ると、鳥や風が運んで来る種がそこに芽を出します。最初は、日当りがよく、乾燥していますから、そういうところの好きな草しか生えません。それがだんだん大きくなって葉も生い茂ると、日陰ができて、日陰の好きな草も生えるようになります。どんどん環境も変わり、最後は草だけでなく木が生え、森林にもなります。
そういうふうに、おなかの中では「腸内フローラ」ができていきますが、その話は、3本目の『共生のはじまり』をみていただくと、わかってくると思います。だいたい、生まれて来たとき、私たちの腸の中には細菌は一匹もいません。
もう一つ、消化管というのは、口から始まって肛門まで続いている1本の管です。その中に胃があって胃酸を出します。十二指腸では胆汁酸が出ます。そうすると、体の外から入ってくるたいていの細菌は胃酸や胆汁酸に殺菌されてしまいます。でも、そんな状況の中で、多くの細菌が棲み着いている小腸があり、大腸があるわけです。
それから、映画の中で出てくる言葉で「粘膜側」と「漿膜側」という言葉があります。腸管の内側が粘膜側、腸管の外側が漿膜側です。これだけ分かっていると、今日の映画がわかりやすいかと思います。
小腸の中には、絨毛という指の形の突起があります。この絨毛がいっぱいあることで、吸収する面積を広げているわけです。こんなモデルで考えると、カメラが内側に入って見ると、ぼこぼこ絨毛という突起が出ている、これが粘膜面です。それから、外側の漿膜面から見ると、絨毛の根もとが見えます。
おなかの中に菌がいることは知られていたけど、それがどんな役割をしているのか、ほとんど分からなかった時代に作られた映画です。1973年、会社が出来て5年目に作られたのが前編で、その2年後に作られたのが後編です。
◆上映 1973 『腸内菌叢と宿主 前編』 34分
上田:
前編はここまでです。どうですか? 研究者向けで、レベルの高い映画ですから、つかみきれないところもままあった気がします。このあと、後編を見て、さらにずっと最近になって2011年に作られた『共生のはじまり』を見ますが、30〜40年経った後の研究の進歩があってはじめてよくわかるということがあると思いますので、ちょっと苦しいかもしれませんが頑張ってみてください。
川村:
「腺窩(せんか)」という言葉が出て来ました。クリプトともいいます。
絨毛の根元にちょっと凹みがある、この部分です。絨毛の細胞はいつでも同じ位置にいるのではなくて、このクリプトで生まれて、どんどん新しい細胞に押し上げられて行き、絨毛の先端・頂上から古い細胞は外れて落ちます。これはうんちになって排出されます。これがだいたい2日間のできごとです。
もう一つは、腸管の消化運動のことです。「分節運動」は腸がくびれるように動いて、食べ物を消化する運動、「蠕動運動」というのがぎゅーっと押し出すような動きです。こうした腸のくびれや絞り出し運動とは違って、映画でみたように、絨毛1つ1つに運動がある、上下に伸びたり縮んだり、また吸収するように太くなったり、収縮したりする。
そして、コレラ菌、サルモネラ菌、大腸菌・・入って来る細菌の種類によって絨毛の反応が違うということでした。それでは後編をご覧ください。
◆上映 1975 『腸内菌叢と宿主 後編』 30分
上田:
後編は、前編で提起された問題を受けて、さらに実験を深めるという流れで作られていたかと思います。この映画のおしまいの方で言っていましたけど、「さらに、謎が見えて来た」それを解明するにはどうしようか、という問題提起が続いている。もちろん、ここで言われたことが今全部分かっている訳ではないのですが、みなさんの印象に残ったのは、組織や細胞の動きだとか、菌を入れたらどうなるかとか、いろんな角度から切り取って、それを生きた映像に残して、研究者に投げかけている、研究者と一緒にやっているという姿かと思います。
このあとは、だいぶ時代を経て作られた『共生のはじまり』という映画ですが、これについて一言どうぞ。
川村:
二作ご覧になって、難しいなと思われた方もいるかもしれませんが、あの時代、本当に研究者と一緒になって、撮影しては、この現象はどういうことなんだろう。どうやって調べたらいいのだろう、と考えながらやっていたのだろうと思います。
今日のチラシにあるこの映像、映画の中でご覧になった1シーンですが、絨毛と周りにぷちぷちと蠢いているのが腸内細菌、絨毛と細菌が一緒に生きて動いて写っています。1mmほどの絨毛、1本が数千個の細胞でできていて、細菌は1μm(ミクロン)、1/1000mm、これはなかなか撮れない映像です。見どころの一つです。
さて、それから、40年ほど経って作られたのが『共生のはじまり』です。これは日本ビフィズス菌センターの30周年記念で作られたものです。始める時に、若手からベテランの研究者まで集まって、さきほどの『腸内菌叢と宿主』をはじめ、アイカムがずっと作って来た腸内フローラ関係の映像を、みんなで見ました。見て、これから何をやるべきか、考えました。その時、注文が二つついて、一つは学会誌に載せられるような最先端の発見がほしいね(笑)、と、これは難しい注文だなと思ったのですが、もう一つは、同時に30周年を記念して一般の方にもわかりやすい映画を作りたいねと。そして、企画から完成まで、3年、足掛け4年がかりで作られたのが、次の映画です。
上田:
3本の映画を見て、1973年と1975年の二本、そして最近の2011年の一本ですが、最初に70年代の2本について振り返り、思い出しながら、印象とか、それからもし、質問とかありましたら、挙げていただければと思います。みなさん、最初の二本いかがでしたか? ハイレベルな映画でついてくのがたいへんということもあったかと思いますが。
そして、もちろんこれら全部の製作に関わった武田さんがおられますが、特にアイカム創立間もない頃に作られた2本はいろんな意味で苦労もされたでしょうし、いろんな思いがあると思うので、語っていただきたいと思います。
武田:
この何年か前に『生命』という映画を作りたくて、この会社を作ったのですが、私は、最初は東京シネマという会社で、アルバイトで顕微鏡撮影を始めまして、細菌が細胞に潜り込んで走るのを見て、おもしろいなと思ったんです。
それは赤痢菌、フレキシネル( Shigella flexneri )ですが、鞭毛のない、ただの桿菌なんですね。だけども細胞に入り込むと、ビャーッと急に動き始めて、そしてボーンと跳ぶんですが、細胞膜に包まれているから細胞の中に返って来る・・これがなんでそうなるんだろう、わからなかった。35年たって、この現象は「コメットテール」といって、細胞骨格が細菌を追い出すように、細菌のお尻のところに積み重なって押すのだということが分かった。押し出すけど、細胞膜があるから戻って来るのだと。分かるまで35年かかるわけですが。
ともかく、それから、顕微鏡撮影おもしろいなということで、長谷川君や何人かで、顕微鏡撮影やろう、ということで始めた。ちょうど月に人がロケットで行ったあの年なんですね。だから、俺たちができる、体の中の宇宙を見ようや、ということで、一生懸命スポンサー探して、やっと漢方薬の太田胃散で、『胃を科学する』という映画を作ったんです。そしたら、ベニス国際映画祭のパドバ大学(医科学部門)でグランプリを獲りました。その銀座の飲み友達だったみたいで、その話を聞いた救心や龍角散の若旦那も、それならうちにも作れとお金を出してくれたので、仕事ができ、それを基に『生命』を作り、さらに続けて走ることが出来た。
とにかく、若いものだから、今日映画をご覧になってわかるだろうけど、40年前の二本は少しくどくて、なかなか難しい。目の付けどころ、整理の仕方がまだ、ちょっと理屈というか、真っ正面に、先生も会社に来て一緒に仕事したのですが、先生方も呆れちゃうほど。でも、あの頃は本当に体の中を顕微鏡で見ることができない時代で、ミクロの世界に取込まれていた。最後の『共生のはじまり』は、あれが一番分かりやすいと思う。
上田:
私は見て思ったのは、不思議な現象を撮っていて、これはこういうふうに推理できるのではないかな、という思いの元に、かなり突っ込んで撮られたという感じがします。おそらく関わっていた先生にとってもまだ説明できない現象がたくさんあったのではないかと、そういう感じを受けるのですが。
日本大学の生物資源科学部の細野先生がいらっしゃっています。いきなり聞いちゃいますが、1970年代の2本をご覧になっていかがですか? 今の時代と見比べてみた時に、といいますか・・
細野:
最初の2本の映画は、私たちも財団法人日本ビフィズス菌センターでの『共生のはじまり』という映像製作のミッションがあって、その学会の中で、記念事業でなにか残るものを作ろうということで集められた時に、初めて見せていただきました。その時にもワクワクするような想いを感じたのですが、おそらく武田さんもそうだと思うんですけど、こうやってやったらこうなるのではないかと考えながら、そのまま実験をやっていく。例えば、無菌の動物に結構毒素もあるような有害な菌を感染させてみて、量によってはすぐ死んでしまうかもしれないとか、加減もいろいろ想定しながらやってみる。それで、思った以上にここは変化しないのだな、とか、この微生物に関してはこうなるのだな、とか、そのあたりがとても私なんかどっちかと言えば、気持ちがそっちに行ってしまうんで、いや楽しいだろうな。楽しいというのはちょっと不謹慎かもしれないけど、ワクワクしながらやっていたのだろうな、というのはすごく思いました。
最後の『共生のはじまり』は、私たちのおなかの中に細菌がたくさんいて、私たちの体を構成している細胞の数よりものすごく多い。それが排除されないでいる、というしくみが私たちが生きている上での「共生」という非常に大きなテーマではないのかということで、それをなんとか映像にできないかというミッションで行われました。
上田:
なるほど。『共生のはじまり』は、作品として出来上がった時に、一般の人にもわかる、伝わるようなものにしたいという思いと、最先端の発見、学術論文にもできるようなもの、ということだったそうですが、そのあたりの観点からみてどうですか。
細野:
おそらく、映像の後半はすごく哲学的なイメージが入って来ているので、最先端の科学というところをもう少し超えて、一般の方々にメッセージを残しているかと思いますが、やはり腸内細菌が、最初、生まれたばかりは無菌状態だったのに、それがある程度入って来ることでどういうふうに消化管が発達してくるとか、私たちの腸は「第二の脳」と言われるぐらい、さまざまな機能をもっていますので、それがどういうふうに変化して、健康な私たちの体になっていくのに(腸内細菌が)どんな刺激になっているのだろうか、とか、それが実際どんな形になっていくのだろうか、という点において、とても映像をしっかりきれいに撮っていただいているのでありがたいなと思っています。このところ、腸内細菌はブームがおきていますが、まだまだ、この映像をもっと深く突き詰めていきたいなという思いは同じ研究者仲間でもありますし、ぜひまた次の機会にしたいと思っています。
上田:
みなさんからも聞いてみたいのですが。
参加者SY:
いまの細野先生の話を聞いて意外に思ったのですが、ワクワクするとおっしゃってましたが、無菌の動物に菌を入れるという実験は、いままでいろんな研究者が普通行ってきていて、映像にしてみせるのは始めてとしても・・・
いろいろ実験してわかった上でやっていたのではないのかなと思ったのですが。
だって、70年代にも無菌と通常の対比の映像になっているんですよね。ずいぶん昔から無菌のマウスはあって、それでの実験はいろいろ行われているという前提かと・・
細野:
ネズミの場合、ヒトと違って、げっ歯類は盲腸がとても発達しています。無菌の状態になると、盲腸がとても大きくなって、普通の5倍とか10倍大きくなる現象があります。映画にもありましたが、通常のネズミの糞便を薄めて飲ませると、それ自体、有害なものではないはずなのですが、ああいう何かの菌を入れると、ある先生によれば、盲腸がとても大きな発酵タンクになるので、急激に菌が増えると、場合によっては状況が悪くなってネズミが死ぬこともあるとおっしゃっていました。
1作目、2作目の映画では、非常に有害な菌を無菌マウスに入れているので、かなりダイレクトに影響が出るだろう、厳しい状況になるだろうなと思い、その条件をどういうふうに設定すると、この映像の中で、特徴を持たせて行けるのかなというのは、実際をやる方としては考えることかなと思います。
3作目でも、35週齢のネズミに・・ネズミは3〜4週齢で離乳し、8〜9週齢で大人ですから、35週齢というとヒトでいうとかなり中年期に入っています。そこで、かなり週齢の進んだ無菌のネズミに、通常のネズミの糞便を入れると、炎症が起きて、映像としてはドラスティック(過激)なものが撮れるのではないかと思ってやりましたけど、実際には、最初下痢したけれど、そんなに大きな悪影響はなくて、ちょっと意外というところもありました。私たちはある特定の細菌のからだへの影響を調べる際には、ノトバイオート※といって、無菌のネズミに特定の細菌を飲ませて特定の細菌だけをもつネズミを作ります。最近では、ネズミを使って、ヒトの腸内細菌叢をモデルにした動物を作るという手法を行われていますが、それでも動物にとっては、若い時期に菌をからだに入れてあげないといい条件の実験動物としての解析モデルにはならないので、そういう意味で遅い時期に入れることには、いろんなことが考えられる、そういう意味で申し上げました。
※ノトバイオート(gnotobiote) 無菌動物に特定の菌のみを植菌した動物。
SY:
もう一つ、疑問だったのは、最初の映画はネズミの小腸でしたよね。盲腸が大きいのがネズミの特徴ということでしたが、小腸と大腸の違いというか、大腸はどうなんだろうと思ったのですが、ヒトとネズミで小腸と大腸は共通なのか、違いがあるのか。小腸でやって、大腸でやらないのはなぜかと思ったんですが。
武田:
あの頃、東大生協がヤクルトに対して細菌を飲んだってからだに良いわけないじゃないか、と文庫本を出した。それで僕らは、どんなふうに細菌が働いているのか、吸収しているのか・・栄養を吸収するのは小腸ですので、小腸をターゲットに、チャンバーで組織培養で比べてみようということで、最初に始めたのが小腸なんですよ。
小腸で絨毛を縦割りして見ると、伸び縮みしているし、筋細胞が無いのに、横割りすると膨らみ収縮するし・・そこらへんから、突っ込んでいったんですね。なんで筋細胞がないのに収縮するのか、ちょうどアメリカから、チャンバーを持って来ていたので、培養して動くものをどんなふうに吸収するのか。一番最初は、細菌を入れても栄養になるわけないじゃないか、という話が出て来て、今だったら普通の、共生・競争・循環なんていうイメージは、その頃はなかったですよね。だからまず、細菌がどんなふうにして栄養吸収する形になっているのか。
実物は、こういう文庫本ですが、無意味だということを書いている訳ですね。その頃、40何年か前、共生というイメージはなかった。そこで、どんなふうに吸収するのだろうか・・その時に、細菌がどんなふうに役立つだろうかということで小腸の動きから入っていこうと、小腸になったんですよ。
上田:
なるほど、その辺が、二つの時代を離れたものを見ることによってわかるようになるわけですね。つまり、共生を調べようと思って、70年代の映画が作られたということではない、ということですよね。バクテリア(細菌)を入れたらどうなるか、細胞の動きをちゃんと追って見よう、というあたりから入って、それが小腸という場を使ったということではなかったか。そういう点からみたら、パスツールの言葉も出て来たように、腸内細菌がいることは昔からわかっていた、けれども、共生ということの意味合いがもっと分かってくるのはどのあたりからなんでしょうね。
細野:
共生という点では、私たちの体だけでなくて、さまざまな世界、環境の中で、全体の中でのエコ(ecology)、共生は言われていたわけです。食べ物、さきほどの乳酸菌飲料の場合は、口から食べることなので、どうしても小腸側で強く影響が出る、小腸で取込まれる、小腸が取りこむしくみ、小腸のいろんなしくみが研究されているということで意識があったのですが、大腸には小腸より、桁数でいうと一桁か二桁多い細菌がいると言われています。それは、まだ大腸の仕組みは分からないことが多いので、なぜこんなにたくさんの菌がいるのに、排除されずにおなかの中で健康な状態を維持しているのだろうか。まだまだ分かっていないことが多いので、そこは重要なポイントだと今思っています。
共生していることの意味というのは、たまたま生きた菌を食べるだけでなくても、おなかの中にいる菌を助けるようなはたらきも、日常食べている食べ物や食事の中にもありうることで、環境として作り出すことができることなので、それを考えた時に共生という発想になります。それぞれ皆さんが持っているおなかの中の細菌の状態が病気との関わりの中でも関係があるということも徐々にわかってきたというのは、衛生仮説とか、腸内細菌仮説といわれた90年代後半くらいから、ということになるのではないかなと思います。
上田:
なるほど。
参加者YH:
僕にとってはとてもショッキングで、今日はすばらしいものを見せて頂いたと思います。通常のマウスと無菌マウスというのは、SPFとコンベンショナルと思っていいのですか?
※SPF Specific-pathogen free 特定の有害な病原体をもたない環境で飼育される動物。
※コンベンショナル conventional 通常環境で飼育された動物
※無菌動物 Germ free
細野:
いえ、違います。通常のマウスがどちらかといえばSPFで、特定の病原細菌がいない環境で飼育しますが、Germfree(無菌)というのは、いわゆる生きた微生物がいないという状態で、本当に無菌状態のアイソレーターに隔離して飼育します。
YH:
だから、個々に入っていたんですね。だったら、僕らが使うバリア区域よりももっとクリーンですね。
細野:
はい、もっときれいです。
YH:
僕は5〜6年前までは生活習慣病の薬理試験のモデル動物の作成と、もう一つ、腸管内で作用する経口吸着剤の仕事をしていたんですが、僕の経験では、病態を作るのに、コンベンショナルに近いような環境の方が、より病態がちゃんとできる。SPFだとできない。ということは動物をいじっている人ならば、みんな知っていることなんですね。だから、僕らが感じていることが、たぶんグレードが一つずつ上がっているので、直接パラレルに考えていいかどうか分かりませんが、コンベンショナルとSPFの違いでも、腸内菌叢はある程度、変わっていて、それが生活習慣病のモデル動物を作った時に影響しているのかな、と思ったので、僕はたいへんショッキングだと感じたんですね。
もう一つは、なぜこういう結果があって、たとえば、お薬の安全性試験なんかは全部SPFでやれ、と言っていますよね。あまりきれいなので。でも僕の経験では、コンベンショナルよりはSPFの方が、よりまた違う環境になっているはずだと想像します。そうすると、なぜ安全性試験をSPFなどでやらなければいけないのか。共生が大事だとすれば、コンベンショナルでやらなければいけないですよね。それを先生方の立場で、厚生労働省に言ったことはないんですか? (会場・笑)
細野:
SPFとコンベンショナルですが、非常に難しい話になってしまうかもしれませんが、SPF自体は通常の腸内細菌がたくさんいる状態です。ただ、一つ違うのは、特定されている病原性のある微生物がいるかいないか、という点において、検査で「いない」と特定できるのがSPFです。コンベンショナルの場合は、主に私たちが学生の頃の大学の研究室なども特にそうでしたが、施設によって微生物学的な環境が異なっている場合があります。コンベンショナルでやった実験を、会社のきれいなSPF施設でやると再現性のとれない実験がときどきみられて、つまり、コンベンショナルは施設によって腸内細菌環境、めちゃめちゃ違うんです。そうすると、本当にサイエンスの再現性という点では、実験の内容によってはまるで評価ができないということになる場合があります。今も実験動物の世界では、SPFと規定することで、ある程度、条件を統一することができます。ですから、ご質問の詳しい状況はわからないですが、特定の検査の場合、SPFという環境の中でやった場合には再現性という点では、非常に結果が出しやすくなると思います。そこは、注意しなければならないことの一つかなと思います。
YH:
そうですね。ある薬はげっ歯類の毒性試験では何も出なかったのに、上市してお薬にしてしまうと、毒性が出てしまって、その商品生命はたった3年間しかなかったということもあるので、動物を扱う時は、今のようなことをより詳細に判断できるような根拠をもって、安全性試験などもやるように、ただ単にデータの再現性だけでなくて、そういうことも考えなくてはいけないのかな、と思って、それが二番目のショッキングなことでした。
どうもありがとうございました。
上田:
みなさんいかがでしょうか。腸内フローラについては、普段食べているヨーグルトはどうなのとかいろんな関心をお持ちだと思いますが・・
参加者DY:
今日、映像をみて、まず、あんなに人間の体もきれいに細胞で作られているのだなということに単純にとても感動しました。腸内フローラにはすごく気になっていて、医科歯科大の藤田紘一郎先生の話とか聞きに行ったりしたのですが、人間でも便の移植とか始まっていると聞いたのですが、現在、どのへんまで進んでいるのかな、ということと、あと、ヨーグルトで「L-なんとか」など決まっているのがありますが、この菌だとどうなのか、そういったこともわかるのかなということが気になったのですけど。
細野:
私が分かる範囲でお話しますと、便移植の話は最近よく聞きますが、たとえば、腸炎の患者さんは、今治療がなかなか難しい難病という扱いになっているものがあります。その時に、ある健康な患者さんの便を、きれいな状態にして移植したら治りました、改善しましたという症例が国際的にもいくつか出て来ています。そういう取り組みをいくつか大学病院を中心にやられているという現状はありますけど、すべての人にとってそれが適しているかどうかについては、まだまだこれから課題が残っているのではないかなと思います。ただ可能性の一つとしてはあるかもしれません。
それは実験動物のレベルでも、こういう種類の細菌が入って来ると、おなかの中でも、体の中の炎症を抑えるような働きをする免疫系の細胞がたくさん増えて来ますよ、というような事例はいくつか報告があります。それは腸内細菌自体だったり、細菌が出すいろんな代謝産物(発酵した時にできる酸など)、細菌が作る物質が関わっていることもいくつか分かっています。そういう点では、今は「バランス」ということを言う方も多いですが、こういう細菌叢の構成が、ある程度、治療の中で有効かもしれないという話はあると思います。
それと、関連して、ヨーグルトなんかも合う方と合わない方があります。例えば、お店には様々なヨーグルトが出回っていますが、食べて体に合うものとそうでないものが人によって異なっています。よく言われるのは、ある先生の受け売りですが、「1週間程度、食べ続けてください。それで便の色や状態、排便回数、おなかの張り具合とか、改善されて調子がいいようなら続けてみてください。合わないなあと思ったら、違うのを試してみてください。」ということで、それぞれに違った人達に合うものがあるので、このメーカーのものが万人に有効ですということではないようです。先ほどの腸炎の便移植にも関わってくるかもしれませんが、最近では、うつ病にも腸内細菌が関わっているのではないかとか・・とか言われています。ネズミを使った動物実験において、飲ませる糞便由来の溶液(細菌)によってストレスに抵抗性があるネズミの例が示されており、腸内細菌が脳のはたらきとの関係も注目されつつあります。
DY:
ありがとうございます。
上田:
関連して武田さんに伺いたいのですが・・違った種類のビフィズス菌を入れてその違いを動画として確認するなんてことは出来るんでしょうか。 (笑)
武田:
最初の二本は40年以上前で、共生という言葉が出てきたのもそんなに昔でもないですよね。そこらへんはよくわかりませんね。(笑)
上田:
何かお話聞いていて、もし科学が順調に進んで行ったら、各家庭で毎日の便をチェックするキットができて、それをみると、今日の腸内環境はこうなんだ、ということがわかって、だったら今日はこれを食べようといった選択ができたりして・・とか(笑)、いろんなことができるのかなあ、と想像もしてみましたけど。
参加者YS:
どうもありがとうございました。初めの二本は、頭が追いつけないので、貴重な映像で、うごめいているのはわかるし、映像だけみれば感動なんだけど、中身は理解できない。『共生』の方は、わかりやすいんだけど、最後の方でかなりテーマが広がるので、初めの方は研究者に見せようということかと思ったけど、この映画はどういう時に映されて使われているのか。
上田:
どういう人を対象に、どういうところをねらって作ったものなんでしょうか、という質問ですね。
武田:
映画の作り方というか、演出の仕方ということでは、僕は、はいはいと言うことを聞く方ではないので(笑)、好みですね。リズムと、どこに最後のイメージを持って行くのか・・以前、『染色体に書かれたネズミの歴史』という映画を作った時も、ネズミの染色体が積雪50cmを境にこう変わるよ、フィリピンや熱帯の方に行くと、また染色体の数が変わっている、という映画を作ったのですが、話を、もう一つ、イメージを広げたくて、その頃出て来たヌードマウスも出して、最後に地球儀を持つ手でおわるのですが、「俺がやった研究は、この染色体を数えること、それだけでいい」と、だいぶ先生とはぶつかったんですが、先生が世界にもっていって上映すると、この終わりの部分があって、この研究はすごいなということを感じると評価されたと先生も思い直してくれたんです。スポンサードで文部省が資金を出してくれたんですが、演出したのだから、こういう終わり方でいいのではないかと主張したくなるんですね。いいことかどうか分からないのですが。
川村:
今の話は、文部省の依頼で、染色体の研究した先生の紹介の映画で、地球環境の話まで広がるイメージなのですが、この『共生』の映画でも、ビフィズス菌センターの30周年ですから、ビフィズス菌はいいよ、という話で終わればいいのかもしれませんけれども(笑)、そこは、「共生」というのは、別に人間と腸内菌叢だけの話ではなくて、アリとアリマキだとか、シロアリとその腸内の微生物だとか、そうして見てみると、ほとんど地球上の生物は共生していない生き方はないよ、というところまで広がっているんですね。それは、最古の地球生命の起源まで行き着くのではないか。まさに生き物の生き方は共生ではないか。
それは武田がずっと作って来た作品の作り方だし、テーマだと思います。そこをおもしろいと思ってくださると、この映画もよりおもしろいと思います。
上田:
なるほど。先生の目からみてどうですか?
細野:
特に、ビフィズス菌センターの、ビフィズス菌が重要だという話に今回なっていないのは、マウスにはあまりビフィズス菌がいない(大笑)・・そもそも、いない、ですから、ビフィズス菌が大事だ、という映画を作ってくださいという話ではなかったんですね。やはり、「共生」というキーワードがとても重要で、それを先駆けて、腸内細菌学会を主宰している財団法人ですので、そこから情報をきちんと発信しようということでした。それが最近、腸内細菌が免疫とか、自己免疫疾患、アレルギー疾患、生活習慣病、いろんなところに関わって来ているので、そこをやはり学会を主宰しているビフィズス菌センターとしては、腸内細菌の共生というしくみを示した映像で社会貢献するのだというところでしたので、アイカムさんと一緒に作っていただいて、そこは全然ぶれていないと思います。
私たちは、映像製作の過程で、こうしたらもっと面白いんじゃないですか、という技術的なところはあったのですが、武田さんをはじめとするアイカム側のフィロソフィーもしっかりしていて、とてもフィロソフィーがしっかりしていて、メッセージのある映画になっていると思います。ビフィズス菌センターとしては、乳幼児、赤ちゃんを産んだお母さんたちの啓蒙活動に使いたいとか、学校教育の中でもサイエンスを指向する人達にメッセージが出せるように、とか、公共的なところで見せる形の作り方をお願いしたんじゃないのかと思います。いい映像を撮っていただきました。
上田:
なるほど、これは面白いことですよね。スポンサー側の意向があり、科学者が関わるので科学的知見の押さえ方があり、そして一方、製作する演出する武田さんの思いや哲学があり、それをどういうふうに調和させて、良い作品を作っていくのか、大きな課題、問題が背景にみえて来る。
武田:
今日も出口さんという、音楽家の池野成さんの研究家がいらしています。『腸内菌叢と宿主』も池野さんの作曲ですが、なぜ僕が池野成さんが好きかというと、ストーリーで劇を割ったみたいに音楽を付けないんですね。全部、一本なんです、気持ち、テーマに乗せて書いてくれるので、池野先生とは、ずっと死ぬまで仕事したんです。いい音を書いてくれる。
上田:
音づくりも関わってくるんですね。作品を作る時に。
そろそろ時間になりました。次回は、特別でして、武田さんに思い切りお話し頂いて、アイカムの原点となるような作品をみながら、この50年の科学映画の制作の歩みを振り返ってみれたらいいんじゃないかと思っています。
川村:
第3回は、8月25日(土)、ここで行います。実は、アイカムは9月に移転することになりましたので、ここで行うのは最後になります。
この会場は、天井に穴を開けて吹き抜けで、ドーム映像ができるようになっていて、ドーム映像の映写会を毎月一回やってきました。残念ながら、移転先は天井が低いので社内では上映できません。どこか場所を探そうと思っていますが、もし、ドーム映像もご覧になりたい方は、7月28日(土)と、また第3回の8月25日(土)は50年記念の前の時間帯にもドーム上映会を行いますので、ぜひご覧ください。
上田:
では第二回目の上映会、これで終わりたいと思います。ありがとうございました。(拍手)