イベントレポート
●アイカム50周年企画「30の映画作品で探る”いのち”の今」

    第18回 いのちのはじまり 顕微鏡映像で綴る物語 <2021年7月24日(土)> 


上田:




NPO法人市民科学研究室の上田です。アイカムの50周年を機に行って来た映画上映会、足掛け4年、今日で18回に至りました。ひとまず締めくくりということで最終回は、アイカムの仕事の原点に戻る形で、生命の発生についてです。みなさん、発生というのはおなじみの概念だと思うのですが、生物学全体の非常に幅広い領域の中で、最も中心的なものは何かといえば、「発生学・発生生物学」ということになるのではないかと思います。
 今日は2本見ていただくのですが、一つは初期の作品で、哺乳類の初期発生を精緻な顕微鏡映像で捉えたと話題になった映画です。後半の方は、もう少しマクロな視点から、ヒトの体がどういうふうにでき、成長していくかを含めて、物語として捉えている作品になっています。
 今日は受精や初期発生の研究をなさっている、甲斐先生に来ていただいています。今日は、2本の作品をみるとともに、特別に甲斐先生が撮影された動画も解説付きで見せていただけるということです。よろしくお願いします。では、作品について、川村さんから紹介してください。
川村: アイカムの川村です。アイカムの創業は1968年ですが、2018年に50周年を迎え、この上映会を始めましたが、終戦記念日の8月15日が創立記念日で、まもなく54年目が始まります。
 1作目は1970年の『生命 哺乳動物発生の記録』という映画です。これは本当に私たちの原点で、現会長の武田がこの映画を作りたいために仲間を集めて、この会社を作ったという映画です。それまでカエルやニワトリで発生を撮影した映画はありましたが、哺乳動物の発生を記録した映画は世界で初めてで、非常に高く評価されました。
 改めて、この映画を見ると、非常に緊張感があり、映像の力、いのちの美しさを感じる映画だと思います。





                ■ 映画   1970   『生命 哺乳動物発生の記録』   26分
      
上田: はい、いかがでしたでしょうか。とても50年前の映画だとは思えないような作品だったと思いますが、本当にどうやって撮ったのだろうと思わざるをえないですよね。あとでそのへんも伺いたいと思います。甲斐先生、ご覧になって一言、いかがだったでしょうか。
甲斐: 上田さんが言われたように、とても50年前に撮影された映像とは思えないぐらい鮮明で、今見ても衝撃を覚えるレベルです。例えば、排卵した卵子が卵管の繊毛でどんどん送られていく動画。私は写真でしか見たことがなかったですね。あそこまで鮮明な映像が50年前に作られていたとは、驚きです。
 あと、初期胚の卵割です。私はあれが一番、驚きでした。私は初期胚のイメージングの研究をやっていますが、いまだに、装置を組む時、初期胚がちゃんと発生する条件を作るのが非常に難しい。
上田: ああ、そうなんですね。
甲斐: 例えば、光ダメージだったり、温度変化。初期胚は非常に敏感ですぐに発生を停止してしまう。50年前、今のように、実験環境が整っていない中で、本当に高い技術をお持ちで、かなり努力されたのだろうなと思います。そういうのは非常に感じます。驚きました。
上田: 本当に驚きの仕事ですよね。では、続けて、2本目を見てみたいと思います。
川村: 『生命』から30年、2001年の『生命 はるかな旅』です。これは最初の『生命』の時に、もうちょっと撮りたかったなという項目、今ならもっと撮れるのではないかという現象にチャレンジしました。当時のメンバー挙げて、トライしました。ご覧ください。





                ■ 映画   2001   『生命 はるかな旅』   38分
      
上田: ありがとうございました。やはり、感動的な映画ですよね。一つの体がどういうふうにできてくるか、それぞれの体の部分がどのような役割をもっているのか、ということも、発生の過程を通じて、非常に精密に描かれている、と同時に、生命が連続性といいますか、各部分がつながりもって全体として成り立っていて、しかもそれが新しい生命を誕生させるということにもつながっているということを、一連の流れとして見せてくれた映画だと思います。
 30年経った後ということですが、音楽も、最初の作品は緊張感がある音楽が使われていましたが、今のはロマンチックな感じでしたが、アイカムの見せたいもの、メッセージが反映しているのではないかと感じました。
 先生、いかがでしたか?
甲斐: いやー、壮大すぎて、圧倒されたというのが正直な感想です。たった一つの細胞、受精卵から始まって、我々がこうして生まれて成長するまで、今の映像でみせていただいた現象がすべて実際におこっているわけですね。そう考えると、我々って本当にすごいな、と改めて感じる映画でした。
上田: みなさんもいろいろ感想をお持ちだと思います。それでは少し休憩してもらって、準備しますので、また集まっていただきたいと思います。
休憩
上田: それでは話し合いを始めたいと思います。今日は、映写会の締めくくりにふさわしい2本を見ていただきました。
そして甲斐先生は、初期発生の研究をなさっていて、特にイメージングをお仕事になさっていますが、ちょっと自己紹介いただいて、それから動画を見せていただきたいと思います。
甲斐:
改めまして、甲斐と申します。私自身も楽しみにしていた企画で、お招きいただいたことを嬉しく思っています。
 私は、不妊治療を行うクリニックで、研究者をしています。臨床応用を目指した研究をやっていますが、どちらかといえば、基礎研究がメインで、哺乳動物の受精、初期胚の発生について研究しています。
 本日用意したのは、ヒトの受精卵が発生する様子を捉えた動画。そして、マウスの初期胚のライブセルイメージングという、細胞の中で実際どのようなことが起こっているか、今回は、染色体分配の様子を目に見える形で、生きたまま観察するという動画をご紹介させていただきます。
●これは、ヒトの「卵子」です。先ほどの映画にもありましたが、周りにあるのが「透明帯」と呼ばれる、卵の殻にあたるものです。細いガラス管を使いまして、精子を一匹注入した直後です。つまり、顕微授精した直後の卵になります。これがどのように発生していくのかを動画でご紹介します。
 まず、受精が起こると、「第二極体」というものを卵子の外に放出します。そののちに、細胞の中央に「前核」というものが二つ出現します。そして、前核が消失して、2細胞に分かれるのですが、このあと4細胞、8細胞、倍々と細胞の数を増やしていく。これが64細胞をすぎたあたりになるとひとかたまりになり、桑の実に似ていることから、「桑実胚」と呼ばれます。桑実胚をすぎると、中に空間ができて、「胚盤胞」と呼ばれる状態に発育します。胚盤胞になりますと、細胞たちが役割をもつようになります。大きく二つに分かれ、「内部細胞塊」という将来、胎児になる細胞たちと、もう一つは「栄養外胚葉」、胎盤になる細胞たちです。
甲斐:  この動画は、研究用の卵ではなく、治療用の卵です。実際、撮影したこの胚盤胞は患者さんにお返しして、妊娠して、治療を卒業されています。
 で、これはどのようにして撮影したかというと、カメラで15分置きに撮影したものをコマ送りにして動画にしたものです。タイムラプス撮影ですね。細胞培養器にタイムラプス撮影装置がついたものになっていて、培養しながら撮影できるようになっています。ここ10年くらいで製品化されて、一般的に普及しています。これが出てくるまでは、インキュベータから受精卵をいったん出して、顕微鏡のステージに乗せて、撮影して、また戻す、ということをやっていたんですが、胚というのは温度変化に敏感で、あとは外に出すと光ダメージがあり、発育に良くない。でも、この装置が出てから、発育良く、形態観察も経時的にできるようになりました。
上田: では、これは装置に組み込まれた弱い光をずっと当てているということですか。
甲斐: そうですね。撮影するときだけ光を当てているということです。ヒトの胚でこのような観察が初めて行われたのは、論文上では1997年。20年ちょっと前です。その時はビデオカメラで撮影されました。カメラで行われるようになったのは、さらに10年後、2008年に初めて報告されました。日本の産婦人科医師です。タイムラプス撮影装置付培養器は、それを元に製品化されました。
KK: 精子はどこに入れるのですか?
甲斐: 卵の中です。
KK: 卵の中に精子を打つことは、一般的に認められているんですか。特殊ですよね。
甲斐: 顕微授精は認められた医療行為です。特別な許可は必要ありません。基本的には、体外受精といって、培養皿に卵と精子を一緒に混ぜて、自然に受精させることになっているのですが、どうしてもそれでは難しく受精がなかなか起きない方があって、そのような場合には顕微授精を行なっています。確実に精子を卵の中に送り込むということです。
KK: 精子は1匹ですか。
甲斐: 精子は2匹入れてしまいますと、異常受精で、正常に発育しません。なので、1匹を確実に中に入れて受精させます。
KK: 卵と精子が融合する時に、細胞膜同士が融合しますが、打ってしまうとどうなりますか。精子の膜はどこで取れるのですか。
甲斐: それがきちんと正常に、体外受精と同じような挙動を起こしますが、詳しくは後ほど説明します。
●受精後に起こるイベントをまとめています。卵子というのは成熟過程の途中で止まって、じっと精子がやって来るのを待っています。第二減数分裂の途中で止まった状態です。精子が入ってくると、発生を始めるのですが、そのためには活性化が必要です。卵子の活性化因子は、精子から持ち込まれると考えられていて、その第一候補は、「PLCζ(ゼータ)」 (ホスホリパーゼCゼータ)です。まだ、確定はしていませんが、おそらくはこれであろうと考えられています。精子からPLCζが入ってくると、活性化が始まります。
 どのようなことが起こるかというと、代表的なのは、カルシウムイオンの流入と流出です。これが繰り返し起こる、と報告されています。これが波のように起こるので、カルシウムオシレーション(Ca振動)と呼ばれています。このカルシウムオシレーションが、卵子の活性化とその後の胚発育に非常に重要な現象です。カルシウムオシレーションが起こると、第二減数分裂の中期で止まっていた卵子の半分のゲノムが第二極体として放出され、どんどん発生が進みます。

●その後の発育はこちらに示しています。まず、侵入した精子。そして、これが半分残った卵子側のゲノムです。非常にタイトでコンパクトな状態ですが、これが徐々に膨らんで来て、前核を形成します。一方は雄性前核、もう一方は雌性前核です。
 一般的には細胞には一つの核があり、その中にお父さん由来、お母さん由来のゲノムが存在していると学びますが、受精卵の時期は特殊でして、父親由来の半数体のゲノムを有した核と、母親由来の半数体のゲノムを有した核、2個の半数体の核が存在しているという特徴があります。前核が形成されて、細胞の中央に集まって来て、最初の卵割、二細胞に分かれる直前になると、核膜が崩壊します。ここで初めて、父親由来、母親由来のゲノムが混じり合い、その後、紡錘体が形成されて、染色体が均等に分かれて、二細胞に分裂する。こういった過程を辿ります。侵入した精子はここで膜が壊れ融合する、ということです。

●今回は、まずカルシウムオシレーションのイメージングです。あと、入った精子と卵子のゲノムから前核が形成されていく過程。そして、前核が消失して、紡錘体が形成され、染色体が二つに分かれて、2細胞に分裂していく様子のライブイメージングをご紹介したいと思います。これは全部マウスの受精卵です。
 左側、これが卵子の活性化、卵子の中に精子を一匹、顕微授精させます。その直後の映像です。カルシウムのイメージングは、カルシウムの指示薬を使っています。動かすと、ピカッ、ピカッと光っている様子がわかりますね。カルシウムオシレーションです。上の段の画像が明視野、透明な像ですが、極体が徐々に出て来ている様子も確認できます。卵子の活性化が起こっているイメージングです。このように化学的な、ケミカルな現象もイメージングできます。
上田: これはカルシウムが放出されて、部分的に波のようにさっと広がっているんですか。
甲斐: そうですね。広がって流出して、また入ってくる、その繰り返しの波です。
KK: カルシウムはどこから出てくるんですか。
甲斐: 小胞体の中からです。
KK:

甲斐:





KK:

甲斐:
精子からではないんですか?

精子とは関係ないですね。卵子の中の現象です。精子の持ち込んだ活性化因子で、卵子の小胞体からカルシウムが放出、流入を繰り返す。小胞体から出たカルシウムはそのあと、細胞外に出て、そこからまた流入する。

流入がおこると、外側から光ってくる?

細胞の中でのイメージなので・・細胞の中に入って来たカルシウムを捉えています。
KK: 卵子の細胞の中で、小胞体からカルシウムが出て、外に出て、また外からカルシウムが流入してくるとなると、もっと微細に微速度にすれば、実際は外側から光っているのではないですか。
甲斐: ああ、そうですね。細かく見れば、そうなっているはずです。ちょっとこの動画ではそこまで追えていないですけど。外側はカルシウムフリーのmedium(培地)です。光っていますので、流入は起こっていると思います。
KK: 外側にカルシウムがないのに、中に入るんですか。
甲斐: 濃度との関係が、私もまだ把握できていないのですが。
NT: その表示のためのプローブは、小胞体の外にしかなくて、そこに小胞体から出たカルシウムがくっつくと光るということは、カルシウムがまた小胞体に戻っていくと、消えるということですね。(甲斐: そういうことです)
 だから、出たカルシウムが何か、酵素とかに結合して減るんだけど、一部が小胞体に戻っていく、という感じですか。
KK: これはカルシウム指示薬なので、全体に均一に入って、カルシウムが増えたところから反応する。
NT: 小胞体には入っているんですね。どのくらいのサイズですか?
甲斐: デキストランよりは小さいかな。小胞体には入ります。
KK: 小胞体に入ったとしても、これは感度がいいので、カルシウムが出たところで、パッと光るはずですね。表層から入ってくれば表層から光るし、表層からでなければER(小胞体)からかもしれない。でも、最初の引き金は精子からだと思うので。精子が入った点から光っている、オシレーションは始まる、のではないかと思ったのですが。
甲斐: それはおそらくそうです。ただ、精子のPLCζ自体が、カルシウムイオンに直接関わっているという報告は把握していません。小胞体は全体に広がっていますので、PLCζの入った近傍から光ってくるとは思います。ただ、そこまで追う撮影速度がこのシステムにはないので、そこまで追いかけて見られていません。もっと高速で、かつ高感度で撮影できれば、入った近辺からオシレーションが起こってくるのが見られると思います。 これは共焦点のレーザー顕微鏡で、15秒間隔ぐらいでスキャンしています。この時のこのシステムでは、それがMaxです。光毒性で、胚はすぐ発生をとめてしまうので、これが限界レベルです。
MS: 一回の光る間隔はどれくらいですか?
甲斐: Caイオンの流入・流出の1回のスパイク、一回光って次に光るまで、5秒とかそういうレベルです。なので、これでも捉えられていないシグナルがいくつか存在しています。
KK: 共焦点レーザー顕微鏡ということは、全体のカルシウムではなくて、面のカルシウムですか?
甲斐: そうですね。これは面になります。面でも全体が光ります。
KK: 面ならなおさら、表層だけ光るのではないかと思うのですが・・
甲斐: タイムラグがあると思います。表層から起こってくる波があると思うんですが、そこまでの撮影速度がないので、全体に広がった状態をパッと撮影しているということです。
●次が、「前核形成」。真ん中の画面です。緑のシグナル、これは精子です。赤のシグナルが卵子のゲノムですが、このように精子と卵子で染め分けることも可能です。で、これらが膨れて前核を形成する様子をご覧いただきたいと思います。染め分けはエピジェネティックな修飾を利用しています。
 今、ギュッとタイトになっているんですが、徐々に膨らんで来て、細胞の中央に集まってきて、前核が形成されます。精子はプロタミンと言って、かなりタイトな構造を持っているのですが、卵子の中に入るとそれがほどけて前核の構造を形成します。

●この前核が形成された後で、染色体が分かれる様子を捉えた動画が右の画面です。2個の前核が消失して、このようなひも状の染色体の構造をとって、第一卵割が起こる、というものです。
上田: 上の段の顕微鏡撮影の画像と、下の段の共焦点の画像とで、上下に見ることができました。中で起こっていることと、外側で形として現れていることとが重ねて、見えますね。
甲斐: そうですね。このように一般的な顕微鏡では見えない現象を、ライブイメージングを使うと観察することができます。
●「染色体分配」の様子を、もう少し細かいところまで見ることが可能なシステムを使って、撮影したのがこの動画です。2個あるのが前核です。前核が消失すると、このようにひも状の構造になり、次に、ここで完全に染色体の形になり、1本1本について認識できるかと思います。そして微小管が染色体を包み込んで、染色体が紡錘体の赤道面に集まってきて、紡錘体が形成されて、二つに分かれる。この時は2細胞になっています。
このように、今のシステムだと微小管が繊維状になっている様子まで確認することができます。
 微小管はMAP4法という、微小管が重合すると働くタンパクを標識しています。プローブにはメッセンジャーRNA(m-RNA)を用いています。核のタンパクである、ヒストンに対するm-RNA、また微小管に対するm-RNAに蛍光タンパクを結合させたものを使っています。そして、タンパクに翻訳されると光るという仕組みです。
甲斐: このような基礎的な研究を行い、基礎的な理解を深めることをやっております。ヒトの初期胚の研究は、これまでマウスの実験をもとにいろいろ知見が得られて来ましたが、最近、やはりヒトとマウスは違う、ということもだいぶわかってきています。例えば、「染色体分配」の現象でも、紡錘体ができるメカニズムが、ヒトでは少し違っていることを発見し、今年、論文を発表しました。やはり、ヒトで実際に見ると違うな、というのを実感しています。
上田:
ありがとうございます。(会場:拍手)
 アイカムの映画の、組織・器官の形成や、生体の応答や反応のプロセスで細胞が移動するといったことを捉える、いわば巨視的な撮り方と、先生の紹介されたターゲットを絞って、そこのメカニズムがわかるように写していく撮り方と、今日は、両方見たわけなのですが、先生の感想から想像しますに、一般の研究者は、今日見た映画の撮り方・捉え方というものをあんまり自分では体験していなくて、自分の研究対象となる限定された現象の映像を今の技術を使って精緻に見ている、ということにわりとなっているのではないかと想像します。そのへんいかがですか?
甲斐: そうですね。おっしゃる通り、あまりマクロな視点で捉えるということはできていないかなと正直、思います。自分の専門分野に集中してやっているというのが正直なところです。なので、今日参加させていただいて、もう少しマクロな視点で見てみると、また違った見方もできるのではないかというのがすごく勉強になりました。
上田: 例えば、不妊治療にとりくんでいらっしゃると思うのですが、今のような分析的な撮り方をした仕事で、ここがこう通常と違う現象をしているから、これがたぶん不妊の原因だろう、というようなことにもつながる話に思えるのですが。
甲斐: そこまではなかなかいかないですけれども、そうなればいいなと考えています。なかなか基礎研究を臨床に直結させるのはかなりハードルが高くて難しいです。
上田: なるほど、川村さん、アイカムで撮られた二本の映画と、先生の映像を見て、感じるところはありますか?
川村: そうですね・・映像化するときは、研究者が今、どこまでわかっているのかはもちろん勉強して、話を聞きに行ったり、こういうものを撮りたいのだけどと相談に行ったりして取り組みますが、さきほどお話の出たカルシウムオシレーションの話も、2001年の「はるかな旅」の製作時に大学の先生から聞いたのを思い出しました。(ヒトではないにしても)精子の入ったところから、カルシウムの波が広がるという画像を見たような気がします。この波が繰り返しながら、次の発生段階を準備し進んでいくのかなとイメージした覚えがあります。
上田: 他の参加者の方もいかがですか? 私たちが持っている、体が出来上がる仕組みに対するイメージと、こうした精緻な映像を見たときに受ける印象と、語っていただければといいかなと思います。どうですか。まあ、まずは驚いた、というのが正直なところかもしれませんが。
MA:














私は教職課程を教えているので、授業で川村さんをお呼びしたことがありますが、この映写会に参加したのは今日初めてで、ちょうど私が生まれる前ぐらいの伝説的な作品『生命』の回に参加させてもらって本当によかったと思います。
 私は科学雑誌の「ニュートン」とかで育った世代なので、上田さんの言っていた”イメージ”は出来上がっているのだけど、教科書で描かれた紡錘体の図とか、よく植物のは見ますよね。実は、今、東大の博物館で植物の先生と研究しています。今どき、DNAではなく、染色体を顕微鏡で見る研究をされている分類の先生ですが、減数分裂で分かれてくるところの染色体を、指でぴゅっと押して固定して顕微鏡で撮るんですが、日によって出来がちがう。すごくアナログなんです。その時に「あんな教科書みたいに紡錘糸が分かれていくようなことは、あまり起きない。あれはイメージ化された、こうなっているのだろう、と理論に置き換えてみたもので、そこから分かりやすく模式した図だと。やっぱり、もっと(実物は)モゴモゴしている、あんなふうにはならない。」と言うんです。
 今日、甲斐先生の最後の画像を見たときに、緑とオレンジの色素マーカーがついてましたが、緑がもごもご動いているときに、オレンジがピュルルルと糸になって伸びるのを見て、分類の先生が言っていたのはこういうことかと。あの感じ・・。簡単な図式化・模式化は入り口としてはいいのですが、そういうものだと思い込んでしまう。ああいうところもっと教科書もなんとかしないといけないのではないか。実際は、もっともっとすごいことが起きている。
 海洋大の学生に教材を作る課題を与えたときに、模式図の代わりに、パラパラ漫画を作った学生がいたんですよ。そういうものでも、若い感覚でなにか若者を変えていくものがあるのではないか。すぐに臨床にいかなくても、なにかそういうところにも貢献があるのではないかと思います。アイカムさんなどによって世に出ていく映像になるといいのではと思いました。
上田: 甲斐先生、いかがですか。学んでいた頃の染色体の図解と、今、イメージングの仕事でつかまえている実際の動きと、きっと落差が大きいですよね。
甲斐: そうですね。やはり、映像の持つ説得力というのは凄まじいなと、私もこうやっていろんなイメージング動画を学会などで発表すると、映像の持つ説得力はものすごく感じています。ですので、もっと発信していこうと思います
上田: 生き物は常に動いている、常に変化しているということは、映像を通して初めて実感できると思いますが、今日の映像を見て、改めて感じることもあるかと思います。アイカムのこの映像を何度も見ている方もいらっしゃると思いますが、何か感想を言っていただければいいかなと思います。
YS:
一つは、アイカムの映画は古い方が面白い。新しい方は確かに見る技術もよくなっていろいろ増えるんだけど、初めの方がロマンというか、長いスパンでものを見ると、見方というか、すごくスッキリするなと思った。
 先生の映像見せてもらって、さっき質問もあったけど、イメージングというのは、タイムラプスの間隔とかAsseyの仕方で、ここから出てきて、こっちへいくとか、全然違ったイメージになるのではないか。技術によって、見る人のイメージが変わってくるのではないかと思いました。
甲斐: それはあると思います。やはり、技術が現象に追いついていない。
上田: なるほど。あの、アイカムで撮られた時も、現象を観察して感じることと、映像に落とし込んでいく時に、ここはちょっと撮りきれていない、ということはあったのかと思いますが・・
川村: 1作目について、私は参加していないので、詳しくはわかりません。ただ先ほどの先生のお話で、実際にインキュベーターで撮影しながら培養できるようになったのは1997年に論文が出たと聞いて、むしろびっくりしました。私たちは論文とか研究のテーマとは違って、なんとしても撮りたいから、どうやって撮ればいいだろうと、ひたすら撮りたいために発想するわけです。
 もともと顕微鏡ごと包んで、いわばインキュベータのように、培養を続けながら撮影します。卵割が途中で止まってしまう問題も、どうやったら受精卵にとっていい環境かを考えて、冷たいガラスでは心地悪かろうと、柔らかいところに乗せた。撮りたいから、そういう工夫しながら、ずっとトライしてきているなあと思いました。
上田: なるほど、それこそ試行錯誤の積み重ねですね。まさにパイオニアの仕事のやり方です。
 その辺が実験生物学者と映像を撮る人のある種の違いがあるかもしれませんね。撮りたいがために、あらゆることを試して見る。決まった手法があるからそれを使うというのではなく、自分で工夫してやってみる、その辺りが面白いなと思います。
川村:
例えば、ミトコンドリアのことを調べると、条件でミトコンドリアが分裂するとか融合するというけど、確かに染め分けてみれば二つが融合していると、断片的には捉えられているけど、本当にちゃんと分裂を見たのかな。初歩の初歩に還ってみると、増えているというけど、本当にその現象を見たのかなと思います。確かにすりつぶして、何か定量的に分析して、物質が増えているからミトコンドリアが増えているのだろうという証拠はあるのでしょうけど、本物を見てみたい。
 我々、映像制作者としては、実際のものを捉えて、むしろ、研究を始めようとしている人とか、特に学生にも、最初はそれを見てほしいと思います。丸ごと見て、それから発想してほしいと思います。と、常々、思っているんですけどね。
上田: なるほど、それは大事な教訓のように思います。やはり、生命現象って、既存の知識を組み合わせたら、全部理解できるというものでは多分なくて、今まで見えていなかったものが仮に見えるようになったとすると、「あっ、こうなっていたんだ と新たな発見が、次々に出てくる感じがします。論文を書いている人は、自分に「見えた」と認識できたものだけで想像して書くことがあるでしょうけど、映像を撮る立場の人は、何が実際に見えているのか(写り込んでいるのか)を意識しますから、「まだまだ説明のつかないところがあるのではないか?」という感覚が先に立つ、というか。その辺の面白さがあるんでしょうね。だから、今、川村さんのおっしゃった、研究のはじめの段階で、「丸ごと」見てほしいというのは、その未知なるものへの感覚を大事にして欲しいということでしょうね。(笑い)
 その辺りどうですか。生命科学の研究をやっていらした方もいるようですが、生命現象を扱う時の大事な道筋になってほしいなという感じを受けるのですけど。 
甲斐: 私は染色体を細胞に入れたりという、どちらかというとマクロなテーマから研究に入りまして、その後、ゲノミクスgenomicsに入って行ったんですね。そのような経緯から、細かいミクロの視点だけじゃなくて、もう少し広い視野で見ることが少しはできるのかなと思っていますが、たしかに、最初からゲノミクスから入った研究者は、どちらかというと細胞生物学的なところは重要視していない節が感じられたりもするので、やはりマクロとミクロ、両方の視点を持つことは重要だと感じますし、私もそれは大事にしなければと思っています。細胞生物学の、映像の持つ説得力は本当に感じています。
上田: ぜひ今日出席した方に一言ずつでも言っていただければと思いますが、いかがですか?
YM:
毎回思いますが、見ることがないものを映像で見せていただいて、見た時の衝撃、世界観も変わるんです。
 ああこうやってヒトの体は作られているんだ、こうやって血液って動いているんだ、と、毎回、見たときに、こういう体のシステムの感じ方が変わってくる、ものの見方も少し変わってくる気がします。生物全体がそういうものであれば、なんか新しい感覚を持つというか、そう思います。
上田: おそらくみなさん、共通にそういうことを感じられているのではないかと思います。ありがとうございます。
TA: 全く専門的な知識がないので、映像を見て、ただただびっくりして、言葉がありません。ただ、最近、テレビなどでも、CGが非常に発達して、よく言えばとてもわかりやすい、ですけど、そうではなくて、今日のほとんどが実際に撮ったものですよね。そういうものの迫力というか、十分には分からないのだけど、不思議だなという気持ちを持っていることが意外と大事なのではないかと思います。
上田: それは多分本質的なことだと思います。私たちは目で見て、自分が今見たものが、見えているものだと認識していますが、ちょっと見方が変わると、その認識が変わりますよね。だから、実写で撮っているということは、いかに「見えていないもの」 を含んだものとなっているか、ということを意味していると思うんです。その意味を大事にしていかないといけない。自分が分かっていることを用いてきれいにCGで説明できればいいのだ、という方向だけでいってしまうと、見えないままになってしまう世界が出てくるのではないかと思います。
NT: ヒトの誕生の瞬間は劇的なんですけど、発生の初期から出産まで、どこからがヒトなのか、というのが自分の中で整理できてなくて、とにかくそれが一つのストーリーになっていて、1作目、特に素晴らしいと思いました。2作目も地球の外から見たところから始まり、最後、新たな生命が誕生する出産まで、どちらも素晴らしい映像で、時代は30年くらい違うのかもしれないけど、今の高校生に見せたいなという感じですね。私が高校の頃にできた映像でしょうが、大学でもこんな映像は見たことがなかったですし、こういう映像があったことも知らなかったです。
上田: 本当にこれは中学生、高校生含めて見てもらいたい映像ですね。ちょっと専門的かもしれないけど、そこにこだわるよりもっと大事なことを伝えてくれる映像だと思います。
KK: そうですね。メカニズムを追究すれば、それこそ分子のレベルで、先生に見せてもらった細胞分裂なども、そういう分子機構もあるわけですが、実際に啓蒙というか一般の方に、映像でちゃんと見せることはインパクトがありますよね。そこからですよね。研究者の方は、ミクロミクロで行くけども、ただ、そこと実際のもの、形との対応が大事。という意味では、非常にインパクトのある、こういう映像を見せることは大事だと思います。いつもたくさん見せていただいて、驚きました。
上田: 世に広く知られるということでは、なかなか苦労しているアイカムのお仕事なんですが、やはりみなさんが感じていらっしゃる、研究者の世界と、一般の私たちの世界を、たぶん一番強い力で結ぶ素材になっているなという感じがします。その両方に対して、未知のものに眼差しを向けることができるように持っていくところがところがすごく素晴らしいなと思うのです。
 ですから、これで18回の上映会は一応終わりますが、今後、新たな装いでやって行くかもしれませんし、別の普及の仕方もアイカムの人たちと一緒に考えて新しい試みができたらなあと思っています。応援してください。
武田: いのちの映像を撮影するには、思ったり、感じたりすることが大事だよね。いいカット、人が感動するカット、感じるカットはそういう要素をいっぱい持っているんだよね。だから、負けてはダメだと思っているんだけど。
川村: 18回、いろんな方に見てもらえてよかったと思いますし、今回は、若い先生にも、先生の生まれた10年前の映画を見てもらえて、そういう方が、周りにもこういう映画のあることを広めてくだされば嬉しいし、私たちが作ってきた意味もあるなあと思います。
上田: ありがとうございます。足掛け4年にわたって続けてきた上映会、今日をもちまして、おしまいにしたいと思います。アイカムの新しい動きについてはみなさんにお知らせする機会もあると思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。甲斐先生、今日は本当にありがとうございました。  (拍手)




■上映会を終えて      〜研究者の視点と映画屋の視点〜            株式会社アイカム 武田純一郎
私たち映画屋の映像と、研究者の感じ取ってきた映像とは、違うんだなと改めて思った。目的が違うのだから、当然だけど。研究者は、研究対象としての細胞に対し、理屈で観察する。研究が目的だから、自分と離れて、客観的に見ているのかもしれないけれど、結局、データとして必要な部分だけ切り取っている気がする。

私たちは映像が目的で、映像が商売だから、なにしろ、長年、普段からいろんな細胞を見ている。
ひたすら見ているから、わかる。わかってくる。生き物にはリズムがある。
この細胞は元気か、弱っているか、分裂しそうか、心地よさそうか。顕微鏡下にタイムラプス撮影するときも、どんなインターバルで撮れば、どんな姿を見せるのか、見当がつく。

最初から生き物として、とことんつきあい、どんな動きをするか、細胞が生きている時間を汲み取る。その細胞の動きをつかみ、理解して、そのイメージを汲み取る。
細胞の物語を感じ取り、いのちを撮る。イメージがあって、自分のイメージをもとに撮っていく。

よく聞かれますよ。どんな顕微鏡で、どんなカメラで撮ったんですかと。
でも、装置が撮るんではないんですよ。撮るのは、人ですからね。
細胞のいのちを感じなければ、イメージは生まれない。イメージがなければ撮れない。
顕微鏡下の生命のストーリーがおもしろいと思った時、いのちの輝きを捉え、伝えることが映像表現になるんだと思います。
イベント感想

NTさん: 今回の2本の映画が、一番インパクトありました。

YSさん: 同じテーマで30年を経て比べられるのは興味深いです。古いものの方が自分にはおもしろかったです。ありがとうございました。最新の研究者の映像も見られてよかったです。

NAさん: 「生命 哺乳動物発生の記録」・・かなり以前に拝見したことがありますが、やはり驚異的で感動的な作品です。どうやって撮ったのだろうと思う画もたくさんありました。
「生命 はるかな旅」・・冒頭に男女のエロチックな画が出て来て、ちょっとドキッとしましたが、組織・器官の発生・形成まで詳しく撮影されていたのが、印象的でした。とても勉強になりました。
ゲストの甲斐先生の動画とお話も、少なからず難しかったけど興味深かったです。

KKさん: 「生命」は2つともインパクトがあった。
無脊椎動物の発生に興味があります。

MAさん: 駅が近く、人数と会場、スクリーンの大きさも適度でよかった。今回は土曜日でかつオリンピックで一層皆さん余裕があったのでは。
50周年記念の最後にふさわしく、50年前の映像と、最新研究者の映像を同時に見られたことは、この分野についての理解だけでなく、科学的な探求、技術の進歩、そして双方の進歩があっても、やはり大切なのは、今見えないものを見てゆきたいというアイデアであることを感じました。ありがとうございました。


YMさん: 一つの細胞から、人がつくられている。壮大な活動を見ることができ、改めて生き方をも、考えさせられる映画だったと思います。
映写会は今回で終了とのことで残念です。また再開されることがあったら参加したいと思います。

TAさん: 古い細胞が新しい細胞に変わって行く様子を見てみたいです。特に、体内の細胞(骨細胞とか)が古くなって新しいものと入れ替わる時、古い細胞はどのようにして体外に排出されるのか、そのメカニズムを知りたいです。
実写の迫力は大きいです。 最近のCGでは、必要以上に、見易く、分かり易く、キレイに整理された映像が流されますが、50年以上前に撮られた本作品の訴える力の方が遥かに心に残りました。

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