●アイカム50周年企画「30の映画作品で探る”いのち”の今」
第16回 ウイルスと細菌と感染症 <2021年2月27日(土)>
会場は事前に消毒し、換気にも留意し、参加者には、到着時に手洗い・消毒にも協力いただいて実施しました。
上田:
みなさん、こんにちは。アイカムの50周年企画で連続上映会の第16回目、タイトルは「ウイルスと細菌と感染症」です。今、コロナウイルスの感染症の問題が大きな問題になっていまして、みなさんは、テレビで「ウイルス」とか「細菌」とか「RNA」とか「ワクチン」とか、そういう言葉を毎日耳にしておられるでしょう。日本の国民の間にこれほど、こういう言葉が当たり前に飛び交うような時はなかったと思えます。
当然ではありますが、私たちがそうしたウイルスや細菌に感染するということ、病気になること、それはどういうふうにして起こるのか、それを知らなければ、いかに治療したり、予防するのか、あるいはワクチンを使うのか、といったことはわからないことになります。そこで、今日はそうした一番基本のところに光をあてた映像を何本か用意していますので、続けて見たいと思います。
今日はゲストエキスパートとして、出口芳春先生をお招きしています。帝京大学で薬物動態学を専攻されていますが、薬はどうやって体に効くのだろうかという研究をなさっている専門家です。今日は、出口先生には「コロナウイルス」の特別講義を用意していただいてますので、みなさん、いろいろ質問していただければと思います。
まずは、入門的な映画から見ていきましょう。川村さん、お願いします。
川村:
アイカムの川村です。アイカムは今年53年目です。これまで1000タイトル以上の映画を作ってきましたが、その多くが医学系で、中でも感染症の映画はかなり多いです。感染症そのものというより、多いのは感染症の薬の映画です。
今、これだけコロナウイルスとか、感染症が騒がれながら、いまだに一般の方にとっては、細菌もウイルスもごっちゃになっているのではないか、せめて細菌とウイルスはこれだけ違うよ、ということがわかっていただければ、理解も早いのではないかと思います。今日は、そんな観点から選びました。
最初は、「北の丸博士のバイオの薬研究室」という展示の中の映像です。北の丸公園に科学技術館がありますが、見学者で多いのは小学5年生くらい。そのコーナーに、実際の100万倍の大きさの細胞の部屋を作り、訪れた子供がミトコンドリアの椅子に座って自分の手を差し込むと、どんどん拡大して生きた細胞が見えて来て、映像が始まるしかけでした。「病気の話」「細菌との戦い」「インフルエンザの話」の3つ、一つが3〜4分です。短いですが、感染症と感染症ではない病気、という初歩の話から見てもらえます。
■ 映写 2010 『病気の話/細菌とのたたかい/
インフルエンザの話』 11分
上田:
どうでしたか? すごくわかりやすいですね。かつ、イメージが湧いてきます。こういうイメージをもちながら、次からの専門的な映画もみていただくと理解しやすいかと思います。
川村:
先ほどの映画は中外製薬さんの企画で、タミフルというインフルエンザの薬を作っている製薬メーカーです。
次は、第一三共さんの企画で、2つの薬剤の併用効果を実験でみせています。監修は東邦大の舘田先生、コロナ禍でコメントを求められて、みなさんも毎日のようにTVでお顔を拝見している先生です。感染症のお薬をもらった時、1日1回投与の薬とか、1日3回投与の薬がありますが、いずれ飲んですぐに薬の血中濃度が高まり、しだいに下がってきます。画面にグラフが出てきますが、その濃度変化を示しています。ある有効濃度以下になると、効果がない、細菌が死なない。
肺炎とか呼吸器感染症を起こす緑膿菌に対して、2種類の薬剤が出てきます。一つはレボフロキサシンという薬で、細菌のDNAの複製を阻害して、細菌を傷害します。もう一つはメロペネムという薬で、細菌の細胞壁合成を阻害して、分裂させないで殺す。細菌に対する作用のしかたが違う、この2種類を組み合わせることで、片方だけでは難しい菌に対しても有効ということを見せています。
この2剤のはたらき方の違いで、顕微鏡撮影で細菌の潰れ方が違うので、わかりやすいと思います。
■ 映写 2012 『緑膿菌に対するレボフロキサシンと
メロペネムの併用効果』 10分
上田:
非常にきれいな結果が示されている実験映像だったんですけど、忘れないうちに出口先生に聞いておきたいのですが、こういう併剤投与、というのは当たり前のようにやるものなのですか?
出口:
はい、よくやります。メカニズムの違う薬剤を二つ併用して、両方の相乗効果をねらう方法で、臨床でもよくやられています。
上田:
それは両方ともの薬がどういうメカニズムがわかっている場合・・
出口:
はい、わかっている場合です。メロペネムの方は細胞壁の合成阻害剤、そして、レボフロキサシンは細菌の増殖を阻害する、とそれぞれメカニズムが違います。
非常にきれいな結果で、これは納得させられますね。実は、もう一つ、ファクターがありまして、薬剤の濃度です。例えば、レボフロキサシンがもう少し濃度が低かったら、投与量が低かったら、これほどきれいな結果にはならないし、濃度が高ければ、もっと効きが良くなるかもしれない。投与量と血中濃度、感染部位での濃度の関係を明らかにすることでもっと効果的な治療ができるかもしれませんが、ここで紹介されたものはばらしい結果です。
上田:
なるほど。
KK:
一つ、よろしいですか。片方は3回投与されていますよね。1日1回ではだめなのですか?
出口:
それなのですが、実は抗生物質にはいくつかタイプがあって、血中濃度が高い方が効く濃度依存性の薬と、もう一つは「時間依存性」の薬があります。最小発育阻止濃度MIC (minimum inhibitory concentration)というのが出てきましたよね。それ以上になる時間が長いほど効きが良いというものと、濃度が高い方が効きが良いものがありますが、濃度が高いと、今度は副作用がでてきます、それとのバランスを考えながら、投与する必要があります。
KK:
そうなんですね。
上田:
ちょっと、薬のことがわかってきましたね。(笑) では、3本目にいきましょうか。
川村:
今の映画は、細菌に対する直接の薬の効果をみたものでした。次の映画は、体内での薬のはたらきを見ています。最初に、インフルエンザはどういう病気かという映画がありましたが、インフルエンザウイルスの感染ですね。そのウイルス感染が起こった後に起きて来る肺炎、二次的に細菌性の感染が起こりやすくなります。細菌と薬の関係だけでなく、実際には細菌は体の中で感染し、体も反応します。どんなことが起きていて、その時、薬はどう働くのか。
気道は管ですが、それを構成している細胞には気道の内側に細かい毛があって、最初の映画で「のどの線毛」と出てきました。その線毛をねばねばの粘液が覆って、気道を守っています。いろんなものが入ってきても、粘液で捉えて、線毛で上へ上へと掻き出し、排除されているのですが、それがどうなってくるのか。
説明するより、見ていただけばわかると思いますが、顕微鏡撮影でフォーカスを上の面に合わせる、下の面に合わせるという話が出てきます。その時、どこを見ているのかを示す図が画面の中にでてきます。気道の内側表面を見ているのか、その奥の組織の中を見ているのか、ご覧ください。
■ 映写 2011 『呼吸器感染症を観る
インフルエンザ感染に続発する細菌性二次感染』 11分
上田:
これもちょっと驚きですよね。薬の効果というのを、細胞レベルで目の当たりに見せられた感じで、ああ、薬というのはこんなふうに効くんだ、というのがとてもよく伝わってくる映像ではなかったかと思います。出口先生、いかがですか。
出口:
これも説得力がありますよ。すばらしいと思います。大学の学生、特に1年生、2年生にみせると、これはもう学習のモチベーションが高まるのではないかと思います。
上田:
これは撮影の時にもいろいろ苦労があったかと思いますが、いろいろフォーカスを変えていますよね。
川村:
ピントの合う面が狭いですから、上か、下か、中ほどか、撮影者が、どこで何が起こっているか、を見つけて一生懸命捉えてきたのですが、それを観る方にわかるように、立体的にイメージしてもらうのにどうまとめようか、が工夫のしどころでした。
その時に、武田会長のアイデアで、今、どの面を見ているのか、わかるよう組織の断面図を出した方がいい、それがわからないと観ている人がわからなくなってしまうよと言うことで、組織の構造のアニメーションも加えて表現しました。
上田:
なるほど。それでは最後の作品ですが、少し長めの37分ですね。
川村:
長いのと、医者向けに作られた作品なので、少し難しいと思われるかもしれませんが、あらかじめ。簡単に解説しておきます。
1982年、日本の経済成長とともに、海外旅行が増え、輸入食品もいっぱい入ってきた時代、今のグローバル化の走りの感じで、いろんな人や物の移動が広がって、あらたな細菌性の下痢症、細菌性腸炎ももちこまれるようになってきた時代が背景にあります。
これまでの3本は、呼吸器の感染症の話でしたが、今度は口から食物や水とともに入る細菌による腸の感染症の話です。いろんな原因菌がでてきます。その細菌にも大きく分けて二つ、毒素を作って体を傷害するものと、細菌そのものが細胞の中に入って組織を壊してしまうものがあるのですが、それぞれの特徴も説明して見せています。実際に、細菌が細胞の中に入って、走り回るというような見所もありますので、ご覧いただければと思います。
■ 映写 1982 『細菌性腸炎 発症と治療』 37分
上田:
最後の映画は、まさに今私たちが抱えている新型コロナウイルスの問題にもつながるテーマを示してくれているのではないかと思います。あと、映像が非常にリアルで、体の中の細胞が、本当に闘っているんだということが伝わってくるような、映像だったと思いますが、食中毒なんて、もうあまりないよと安易に考えてしまいがちですが、実はそう簡単には言えないのではないか、と改めて突きつけられているような、いろんな意味で、私たちが学ぶべきことの多い映画ではなかったかと思います。出口先生、いかがでしたか。
出口:
難しいところもありましたけれども、基礎研究から、臨床研究に至るまで、それが社会やあるいは医療に与える影響まですべてを含んだ感じで、すばらしい内容だと思いました。これは何年に制作されたビデオですか?
川村:
1982年完成です。
出口:
30年前ですか。すばらしいことですね。今回のコロナウイルス感染症の社会問題と関連して考えると、もう一度、こういうことを考えるきっかけにもなるのではないかと思います。感動しました。
上田:
本当にそうですね。みなさんもいろんな感想をお持ちかと思います。このあと、少し休憩しまして、出口先生からコロナのお話を伺いたいと思います。
上田:
出口先生、よろしくお願いします。
出口:
改めまして、帝京大学薬学部の出口芳春といいます。この緊急事態宣言の中で、ここに集まって勉強されるということは、本当に素晴らしいことだと思います。今からプレゼンするスライドは、帝京大学の市民講座で使ったものですが、それを圧縮して、15分ほどの内容でお話したいと思います。
●まず、これは、新型コロナウイルスですね。みなさん、COVID-19とか、SARS-CoV2とか聞いたことがあると思いますが、COVID-19(コービット・ナインティーン)は症状、病気の名前であって、ウイルスの名前は、SARS-CoV2(サーズコブ2)と呼ばれます。このウイルスに感染したのがCOVID-19、Corona Virus Infection Disease(コロナウイルス感染症)です。19は2019年に出現したということでつけられました。
これは先程の映画でも出てきた気道の線毛です。その線毛にまとわりつくような、赤色に染めているのが(電子顕微鏡で見た)コロナウイルスです。衝撃的な写真です。
●「コロナウイルスの形」です。電子顕微鏡写真と模式的な図です。コロナウイルスは中にこのようなm-RNA(メッセンジャーRNA)の遺伝子が含まれています。1本鎖RNAです。核酸塩基が鎖のように繋がった形をしています。その周りを取り巻いているのが脂質膜です。エンベロープといいます。そして、その間に、タンパク質が挟まったような形になっています。この形が王冠に似ていることから、コロナと呼ばれています。実は、このタンパク質が悪さをするんですよ。これ自身には増殖機能はありません。これが感染することによって、増殖するんです。狡賢いやつですよね。なぜ、そんなことが自然界に存在するのか。まだまだ不思議なことがたくさんあるかと思います。
●そして、感染が世界中に広がりました。コロナウイルスだけでは感染は拡大しないんですね。なぜかといえば、人が媒体となって感染を拡大させたのです。昔ならこんなにパンデミックにならないんですね。航路と海路が発達したために人が自由に行き来できるようになりました。そういうふうにして、全世界に拡大してしまったということです。
●「新型コロナウイルス感染症の症状と進行」です。厚労省のホームページにも漫画が出ています。まず、発症すると1週間程度、8割の患者は軽症のまま治癒します。この時は、微熱や乾いた咳、筋肉痛なと、一般的な風邪の症状が起こります。そして、特徴的なことは、ここに書いていませんが、匂いが異常になるんですね。味噌汁の匂いがしない、カレーの味がしない。ちょっと珈琲の味がおかしいな、ということが起こります。
そして、感染者の20%で、肺炎症状が悪化し、入院となります。先ほどの映画で、二次性の細菌感染がありましたが、それをみなさん見逃していると思うんです。コロナウイルスが感染して、気道上皮細胞がやられてしまうと、そこに細菌が入り込んでしまう。さらに肺炎が重症化することになると、その場合、中等度でして、高熱や悪寒、息切れが起こります。皆さんはTVや新聞で見たことがあると思いますが、
先にはめて酸素濃度を測るやつがありますよね。みなさんはどのくらいの値がでたことがありますか?
上田:
酸素濃度測定されたことがありますか?
MS:
家で測っていますが、98とか。日によって95とか。
出口:
90くらいになると危ないんですよね。私も98とか99の値がでています。それでさらに重症になりますと、人工呼吸器が必要になるわけですね。低酸素症状になって脱水を起こします。ECMO(エクモ)という名前を聞いたことがあると思います。気管挿入して、呼吸を確保するわけです。
実は、私、別の病気で入院したことがあります。5日間、人工呼吸器を体験しました。その時には全く意識がないんです。というのも、人工呼吸器をつけていたら、患者さんは暴れますよね。暴れるものですから、鎮静剤プロポホールを投与されるんです。
僕は帰還しましたが、実は、ここで亡くなる患者さんは意識がないまま、亡くなってしまうんですよ。これは家族にとっては淋しいことですよね。みなさん、そういうことを知らない人が多いかもしれません。若い人もこういうことを知っていたら、他人に感染させてはいけないという意識にもなると思うんです。
●「新型コロナウイルスの体内での動き」を説明したいと思います。体内での動きとともに、どこにどういうお薬が効くか。そして、最後に少しワクチンのことを説明しましょう。
新型コロナウイルスは、まず呼吸器から入って肺の深部に侵入します。通常、気管支の線毛細胞がウイルス粒子を体外に出すんですが、感染が起きて細胞を壊してしまうと、ウイルスは肺の深部まで侵入してしまいます。肺の細胞にはACE2受容体が発現しています。そこに新型コロナウイルスがくっつく、そうすると、細胞膜が陥没してウイルスは細胞内に入ってしまいます。細胞内では、脱核して(外側のエンベロープが壊れて)、遺伝子が出て来てきます。この遺伝子はヒトの細胞の様々な装置と材料を使って増殖します。最終的には、元のコロナウイルスの形になって、細胞から出て行く。このようなプロセスを繰り返して体内でコロナウイルスが増殖します。
増殖したウイルスは肺から、血管を通って体の深部まで侵入します。全身に行くとどういうことが起こるか。免疫反応が活性化して、ウイルスをやっつけようとします。ところが、その時に、IL-6 (インターロイキン6)が出て来ます。それが爆発的に出てくると、いろんな臓器や血管の中で血栓が形成されます。そこで、血液の流れが止まって、多臓器不全が起きるようです。
●感染症が起こった時に、「どのようなお薬が使われているか」と言ったら・・これだけの薬が使われています。
みなさん@「フサン」(一般名ナファモスタット)は聞いたことがありますか。まだ有名じゃないかもしれません。
A「レムデシビル(一般名)」は聞いたことがありますよね。それから、B「アビガン(一般名ファビピラビル)」は富士フィルムと富山化学が共同で作っています。これが承認されるといいと思いますが。
あとは、C「デキサメタゾン(一般名)」とD「オルベスコ」(一般名シクレソニド)は炎症を止める抗炎症薬で、副腎皮質ステロイドです。
もう一つは、E「アクテムラ」(一般名トシリズマブ)、関節リウマチに使われているお薬です。
これらが治療薬の候補になっていますが、新型コロナウイルスの治療のために作られたお薬ではないのですよ。なぜかといえば、お薬を作るには10年くらいかかる。
それを今使おうとすると、すでに承認されている薬、それを代用して使っているのです。
出口:
●これらの薬が「どこに効くか」、もう少し科学的に説明します。
まず、細胞への侵入に効くのが、@「フサン」(ナファモスタット)です。
そして、B「アビガン」とA「レムデシビル」、これはウイルスの増殖を抑えます。炎症が起こった時に効くのが、E「アクテムラ」(トシリズマブ)です。
●それでは、細胞への侵入を見てみましょう。コロナウイルスは周りにタンパク質があると言いましたが、スパイクタンパクと呼ばれているものです。それが細胞側の受容体(受け皿の部分です)に結合します。そうすると、受容体の横にあるタンパク分解酵素の働きによって、最終的にはウイルスの膜と細胞の膜が融合して、ウイルスが細胞内に侵入します(エンドサイトーシスと言います)。?「フサン」は、このプロセスを作用してウイルスの細胞への侵入を抑えるお薬です。
●B「アビガン」は細胞内でのウイルスの増殖を抑えます。ウイルスの遺伝子は、核酸塩基(A、U、G、C)が鎖のように繋がった形です。ウイルスの中にあるのは、一本だけなのです。これにアデニンならチミン、グアニンならウラシルという塩基が繋がって、相補的な鎖が作られていきます。その核酸をつなぐ役割が、RNAポリメラーゼという酵素です。そのRNAポリメラーゼの活性を止めるのが「アビガン」です。
●B「アビガン」とA「レムデシビル」は同じような働きをしますが、実は「アビガン」は催奇形性があります。妊娠している患者さんや結婚してお子さんを欲しい男性患者さんとか、その方が飲むと、妊婦に影響を与える可能性がある。そういう毒性が強いということが問題になっているようです。それを回避すれば、承認されるだろうと言われています。
●C「デキサメタゾン」とD「シクレソニド」は体内で炎症を止める薬です。サイトカインストームというのを聞いたことがあると思います。サイトカインの嵐、サイトカインの分泌が暴走する現象です。肺の中にウイルスが侵入して、そして免疫応答が起きる、免疫担当細胞が活性化されて、IL-6などのサイトカインが分泌され、さらに免疫細胞が活性化されて、感染細胞をやっつけてしまう。通常はこうしたプロセスが働きます。ところが、過剰なサイトカインが分泌されることがあります。さらに免疫細胞が活性化されて、IL-6などが多量に放出される。他のサイトカインも大量に出てくる。それがサイトカインストームです。このような状態になると正常細胞もやられてしまいます。
IL-6は、細胞に作用する時受容体に結合します。その受容体への結合を阻害するのが、E「アクテムラ」(トシリズマブ)です。
●無症状の方には、最初に説明した?「フサン」が効果的で、軽症や中等症の方にはB「アビガン」が効くと言われています。重症の方には、A「レムデシビル」やE「アクテムラ」を併用投与するのがいいと言われています。
注目して欲しいのは「3種混合」、A「レムデシビル」C「デキサメタゾン」E「アクテムラ」(トシリズマブ)を3種混合して使うと劇的に死亡者が減少したという報告があります。
一つでなくて、作用機序の違う薬を組み合わせると、より効果的だということなんですね。
●もう一つ、心配なのが「後遺症」です。患者の44.%に後遺症が残ると言われています。生活の質の低下がみられています。倦怠感、呼吸困難、息切れ、胸の痛みを訴える人の割合が多くなっています。
重要な後遺症の1つに「ブレイン・フォグ」というのがあります。脳の霧というもので、なんとか仕事をこなしているけど、頭が思うようにはたらかない、集中力がすぐ切れる、というような症状が起こります。これはどのようにして起こるのか。脳にいろんな物質が入らないようにしている脳関門があります。ところが、新型コロナウイルスは、血液脳脊髄液関門から侵入するのではないか、という研究者がいます。もう一つ、僕の仮説ですが、鼻は鼻粘膜から大きな分子を脳に取り込む機構があるんですよ。新型コロナウイルスは、鼻から感染しやすいですよね。鼻腔内から脳内に行ってしまうルートがあるのではないか。僕はそう仮説を立てています。こういうふうにして新型コロナウイルスが脳に入ることでブレインフォッグが起こるのではないかと。
●あとはいろんなお薬がありまして、「中和抗体」。新型コロナウイルスを中和するような抗体、これの臨床試験も進められています。
●最後は「ワクチン」です。みなさんはインフルエンザのワクチンを打ったことがありますよね。ワクチンの定義は、感染症を予防するために用いる予防なんです。病原体から作られたものか、弱毒化された抗原を投与することで、身体の免疫を強くして、感染に備えるというものです。
このワクチンにはいろんな種類がありますが、ファイザーのワクチンは、m-RNA(メッセンジャーRNA)ワクチン、これは新型コロナウイルスのタンパク質にあたるものを体内で作れるような遺伝子が含まれているワクチンです。投与すると、自然免疫と同じように体の中で抗体が作られる。そうすると、新型コロナウイルスが入ってきても、それをやっつけられる。そういうことができるワクチンです。
実は、みなさん、マスクされていますね。それも自然免疫の一つだと言われています。なぜかといえば、マスクすることでコロナウイルスは大量に体内に入ってこれないけど、わずかに入ってきている可能性がある。それによって抗体ができてくる。だから、効果的だという研究があります。
●もう一つが、アストロゼネカのワクチン。これはまたタイプが違う。ウイルスベクターを使ったものです。S-タンパク、スパイクタンパクを合成するような遺伝子が入ったものです。
ファイザーのm-RNAのワクチンと、アストロゼネカのワクチンが今、主流になっていますが、他にもいろんな種類のワクチンが創られています。日本では、第一三共。シオノギもがんばっています。もう少しで日本発のものができれば、もっと効率的にみなさんに投与できるようになるかと思います。
●すでに医療従事者は打てますよね。実は、板橋区の場合、注射剤の調整を帝京大学がやろうとしています。そこで、薬学部の我々職員も手伝う予定になっています。社会に貢献しております。ワクチンは副反応が怖いと言われる方もいらっしゃいますけれども、インフルエンザワクチンも何パーセントかの割合でアレルギーや副反応が起こります。ワクチンで感染を予防することは大切な事だと思いますので、ワクチンを受けることを私はお勧めします。 以上です。
上田:
今のお話を聞いて、先生に質問したいことも出てきたかと思います。どなたか、いかがですか。
KK:
ありがとうございました。先生のお話で、コロナウイルスの細胞への侵入・増殖・それから出て行くところですが、インフルエンザウイルスをイメージしているのですが、ウイルスが細胞から出て行くところは容易なのでしょうか。というのは、インフルエンザの薬のタミフルとか、リレンザとか、みんな出てくるところの結合を切るところを阻害しますよね。
出口:
そうですね。先ほどの映像にもありましたよね。
KK:
だから、それで行くと、このウイルス、SARS-Cov2に対しては、そこの細胞から離れるところのお薬はないですよね。容易に離れるから、必要ないんでしょうか。
出口:
そうですね。出て行くところに対する薬はないですね。離れるか離れないか、そういう知見があるかどうか私は知らないのですが、細胞に入る方は、endocytosis、細胞から出て行くところはexocytosisと言うのですが、細胞から離れないのは、ウイルスが別の手を持っていて、そこにくっついているのではないかと思います。
KK:
だから、インフルエンザウイルスをイメージしたのですが、そこのところはどなたも触れていないようで、どうなのかなと思っていました。
出口:
そうですよね。おそらくは何もくっつかないで、出て行く割合が多いのかもしれませんね。でももし、結合しているとしたら、それを強める、あるいは離れないようにする、そういうお薬は効果的かもしれません。
KK:
そういうメカニズムがあるのかな。そこがわからなかったものですから。
上田:
なるほど。
KK:
インフルエンザウイルスの場合は、そこのところの薬が有効だったので、新型コロナウイルスでもそういう発想をしないのかな、と思ったんですが。
出口:
多分、既存薬を使っている段階では、今日お話ししたプロセスに効くことがわかっているのですが、新薬を開発する時点では、そういうところを重点的に詳しく調べて新薬を創る必要がありますよね。素晴らしい視点だと思います。
上田:
はい、ありがとうございます。
KK:
私、専門ではないのですが、インフルエンザウイルスと違って、あのウイルスのm-RNAはシングルで1本しかなくて、後から切るんですよね。それで、いくつかタンパク質を作るんですが、最初は1本(インフルエンザは8本あるんですが)。そこで CAP*の情報はあるのですか?
*CAP=m-RNAの情報を読んでタンパク質を作る(翻訳する)時に、最初に読見始める翻訳開始の目印部分
CAPを抑制する薬はあるので、それを使えば、翻訳をさせないようにできるのではないかと思ったのですが、でも新しいウイルスだから、その辺もまだわかっていないのかもしれませんね。
出口:
ある程度、明らかになっていると思うのですけれども・・
上田:
なるほど。インフルエンザと比較した時に、インフルエンザウイルスで活かされている薬物動態のメカニズムが、そのまま適用できないのかなという疑問から考えられたんですね。
出口:
そうですよね。
KK:
それこそ、インフルエンザはよくわかっていると思うので。やはり新しい病気だから、違うのかもしれませんが。
出口:
新しく出てきたウイルスですから、まだ研究材料が少ないのかもしれませんね。
KK:
あと、先生のお話で、ヒトからヒトへの感染のお話がありましたが、他に中国ではコウモリから始まったとか、他の動物はどうなんですか。
出口:
猫も感染したという話もあります。人間だけではないかもしれませんよね。
KK:
その辺、まだ明らかではないのかもしれませんね。
上田:
インフルエンザと違って、急激に世界中に感染者が増えたということで、研究のやり方が、狭いところでやっている感じになっているのかもしれませんよね。その辺知りたいところですね。
出口:
研究できる施設も少ないのかもしれません。感染が広がらないような厳重な実験室でやらないと、こういう研究はできませんよね。
上田:
なるほど。
TT:
m-RNAワクチンについてですが、他の弱毒化した抗原を入れて免疫反応で二次応答するというのはわかりやすいですが、m-RNAワクチンというのは、中にスパイクタンパクのm-RNAが入っていて、それはウイルスと同じように、ヒトのポリメラーゼで複製させるということなのですか?
出口:
そうだと思います。私が調べた文献の中にはスパイクタンパクという表現はなかったんですが、新型コロナウイルスが持っているタンパク質の一本鎖m-RNAという表現がありました。そういうタンパク質を体内で自然応答のように作れるワクチンだと理解しています。アストラゼネカのワクチンの方は、アデノウイルスの中にそのスパイクタンパクを発現させるような遺伝子を組み込んでいると理解しています。
上田:
よろしいですか。
TT:
ありがとうございます。
TA:
私はちょっと疑問なのは、感染経路で、主として飛沫感染と言いますが、空中に漂っているマイクロ飛沫、その脅威というのがどれくらいのものなのか。
出口:
いわゆる空気感染ですか。
TA:
ある人によれば、空気に漂っているのは、飛沫感染などより、空気と一緒に入ってくるので、肺のより奥まで行ってしまって、より重症化しやすいという説もあるみたいなんですが。
出口:
新型コロナウイルスの場合は、それ自身が空気の中に漂う頻度は少ないようで、数時間たてば紫外線等で壊れてしまうという報告もあります。何か媒体するもの、水分とか、そういうものがないと空気中にはないと、私は理解しています。なので、あったとしても微量だと思います。吸い込んだとしても、自然免疫ができるくらいの少ない量だと考えています。
上田:
はい、よろしいですか。
MS:
抗菌薬は菌自体を叩きますが、コロナウイルスの場合は、人間側の侵入を防いだり、増えるところを抑えたりという薬のご説明がありましたが、ウイルス自体を無効化したり、ウイルス自体を破壊する薬はないのですか。
出口:
それは、アルコールです。
上田:
ああ、なるほど。(会場:笑)
MS:
言われてみれば、なるほどそうですね。
出口:
手洗いによって、手についたものは洗い流す。アルコールは、ウイルスのエンベロープを壊す、壊れてm-RNAが外に出たらズタズタに破壊されるのだと思います。
上田:
アルコールを用いて、むき出しにすればいいんだよということですね。
出口:
はい、そうです。それに関連してですが、ファイザーのm-RNAワクチンもマイナス75℃で保存しなくてはいけない、m-RNAは核酸塩基が鎖状につながった構造をしています。この鎖のつなぎ目は非常に弱いのです。化学反応が起こりやすい。常温、あるいは温度が高くなると、化学反応が起こりやすい。だから、そこを守るためにも低温下で保存しなくてはならない。
それから脂質からなるナノパーティクルで包んでやると、安定化するようです。最近、マイナス20℃でもいいとかいう報道もありました。多分、このナノパーティクルが遺伝子を守っているのかと思います。
MS:
あと、個数はどうですか。ノロウイルスでは100個でも感染するとか、コロナウイルスは何個くらいで怖いのでしょうか。少なければ、そのへんにあっても平気ですか。
出口:
平気だと思います。先ほどマスクの話をしましたが、少なければ体の中で免疫がはたらくのです。抗体ができるのです。大量に入るのが問題で、だから飲食は制限してください、ということだと思います。
気をつけなければならないのは、ワクチンを打ったらそれですべて完了ということではないのですよね。僕は少なくとも半年くらいは三密を回避して、マスクをして生活するのがいいのではないかと思います。どうでしょうか。
KK:
基本的な質問ですが、高齢者とか基礎疾患のある方の方が危ないというのは、ただ単に、免疫の機能が落ちているとか、体力的な問題ですか。
出口:
難しい問題ですね。やはり、免疫能が年とともに落ちてくるのが一番の原因だと思いますが、ただ分子論的に言ったらどうなのか。抗体を産生する細胞が加齢とともに形が変わるとか、あるいは細胞自体の数が減るとか。減るということは薬学部の専門の先生から聞いたことがあるのですが、そういうことにも関係していると思うんです。
上田:
みなさんから出てくる疑問を聞いていても、まだまだわからないことが相当あるなあと感じます。その中で緊急事態宣言も出されていますが、いろいろ商売されている方も本当に困っていらっしゃるので、なんとかここ半年ぐらいでおさまってほしいなあと思います。
そんな中で、みなさんには今日のようなお話も周りに伝えていただいて、意識を高めて、効果よくなんとかコロナを抑えていきたいと思います。
出口先生、ありがとうございました。 (拍手)