イベントレポート
●アイカム50周年企画「30の映画作品で探る”いのち”の今」

    第9回 スーパーバグと常在菌 微生物の巧みからとらえる進化の姿 <2019年8月31日(土)> 
上田:
みなさんこんにちは、アイカム50周年記念の上映会9回目です。今日は暑さがぶり返したようですが、ようこそお出でくださいました。私、司会進行を担当します、NPO法人市民科学研究室の上田です。今日のテーマは「スーパーバグと常在菌」ということで、それぞれ映画を1本ずつ見てもらいます。とても楽しい一般向けの映画です。映画を見たあとに、今日のゲストの理化学研究所の松井毅先生にお話いただいて、テーブルを囲んでみんなでお話しする形にしたいと思います。松井先生は、常在菌の映画で取り上げられているテーマの一つ、皮膚の専門家です。皮膚のバリア、皮膚の進化に関する、分子生物学的な研究の第一人者ですので、興
                                                                                       味深いお話がうかがえると思います。
川村: アイカムの川村です。1本目の「スーパーバグの世界」は1987年の映画です。当時、科学技術庁(現・文部科学省)は、年に5〜10本の中高校生向けにいろんなテーマで科学映画を企画していました。そのコンペで私たちも毎年、1〜3本の映画を制作しましたが、この年は「スーパーバグの世界」。
スーパーバグとは、私たちの住んでいる通常環境より厳しい、南極・北極、深海、熱水などの環境に住んでいる微生物のこと。当時は、そんな極限環境に微生物はいないと思われていたのですが、実際、調べて見たら、いる!ということを発見したのが、学術指導の掘越弘毅先生らです。当時、理化学研究所で、30人規模の研究者のプロジェクトが進行中で、その人たちが撮影材料のスーパーバグを持参して協力してくれました。でも、強酸性とか強アルカリ性の細菌を顕微鏡の上にもってきたらどうなっちゃうのか、レンズは大丈夫か、いろいろ心配しました。さらに、忙しいものだから、いろんな細菌を持ち込むから、1日か2日で撮ってくれと言われ(笑い)、何台も顕微鏡並べてスタッフが張り付き撮影しました。
最後に出てくる三角形の細菌、おむすび細菌と呼んでましたが、その分裂は「今まで撮れていない、撮れやしない」と言われて、でも、なんとか徹夜して撮れたんです。そうしたら、掘越先生が大喜びして、翌朝はクリスマスだったのですが、大きなクリスマスケーキを持って飛んできました。





                 ■ 映写   1978   『スーパーバグの世界』   20分
上田: これはいろんなところに出かけて行って採取して、撮影したんですね。 
川村: いえ、ラストの死海や砂漠はアイカムの他の作品でイスラエルで撮影したもので、国内は鉱山や温泉の源泉など撮影しましたが、科学技術庁の期間と予算内の仕事なので他は極地研究所や深海調査船の映像を借りたりしました。
松井: すごいですね。三角の細菌は、分裂する時が三角だったり、四角だったり、おもしろいですね。
上田: やはりいろいろな生物の細胞を研究されていても滅多に見ない? 
松井:
そうですね。特に哺乳類の細胞では、均等に分裂するものばかり扱っていますし、細菌なども、真ん中に切れ目が入って均等に分裂しますから、あんな形で分裂して内容物が不均等にならないのかな、と心配になりました。(笑い)
上田: それでは2本目は人体と常在菌の関係を描いた『驚異の微生物』です。 
川村: 企画はビジネス社です。実は、今も続く深夜のTV長寿番組「タモリ倶楽部」に頼まれて出演したことがあるのですが、格闘技のK1グランプリをもじって「菌1グランプリ」をやりたい、どの細菌が一番強いのか(笑い)というんです。顕微鏡も持ち込みましたが、その場で結果が見られるわけはないので、すでに撮った映像を出したのですが、その番組を見ていたビジネス社さんから「微生物」のDVD-Bookを出したいというお話をいただき、構成から撮影・編集まで任され、ほとんど自主制作みたいな形でやらせてもらいました。
そこで、私たちの体に住む常在菌がおもしろいのではないかと。特にうちの場合は、日本の腸内細菌研究のパイオニアの研究者の方々と一緒に腸内フローラの映像を撮って来ましたので、消化管の常在菌がいろんな働きをしているよ、というのはありましたし、呼吸器や皮膚に常在する微生物がどんな役割をしているのかという話にしたわけです。
DVD-Bookも初めてだったのでどういう形にするか。今日は全部続けてみますが、「呼吸器」「皮膚」「消化器」と選んでみられるようになっています。





                 ■ 映写   2006   『驚異の微生物』   35分
上田: 2006年ということですが、今でも販売されてますか? 
川村: ビジネス社さんでは販売を終了されています。最後にうちで購入した分があるので、数冊ならお分けできますが。
上田: ここ10年で腸内細菌とか常在菌について研究がどんどん進んでいるので、入門編として価値があるし、学校などでもみられたらいいのになあと思ったんですが。
 それでは、休憩の後、セッティングしますので、松井先生を囲んでお話をしましょう。

〜 休憩のあと 〜
上田: 松井先生、改めて、よろしくお願いします。理化学研究所でやっておられる研究をちょっとご紹介いただけますか。
松井: 皮膚のバリアについての研究です。皮膚の表面の組織は多層の細胞、表皮でできているのですが、一番外側の部分は角質層という死んだ細胞で覆われて、それが空気と体の組織との境目です。それは生物が陸上に進出した時に、獲得されました。つまり両生類の仲間が、陸生用の皮膚を獲得したのが角質層の始まりです。現在の地球上でも、カエル、爬虫類、陸上脊椎動物が、持っている角質層ですが、それがどのようにしてできたのか、できるのか、を研究しています。
上田: そうすると、両生類や魚類には、今言われた構造はないということですか。
松井: 両生類のオタマジャクシにはない。オタマジャクシが変化して、カエルになるとできてくるんです。進化の歴史が、変態の過程に現れているとも言えます。
上田: それでは、参考映像をちょっと見せてください。
川村:
これは『共生のはじまり』の一部なんですが、腸内細菌のように、私たちの体の中に共生している微生物をはじめ、生物の歴史は共生の歴史でもあるということですね。
また、「スーパーバグの世界」に出て来た三角の細菌、当時は古細菌という、歴史の古い細菌ではないかと言われたのですが、近頃は、細菌とは別のアーキアという生物ではないかということです。生物界は、真核生物(ユーカリア)・細菌(バクテリア)・古細菌(アーキア)に3分類されるとか。そのへんも今日のお話の参考になるかもしれません。
〜 参考映像の試写 〜
上田: みなさん、先ほどの映画を見て、また、松井先生もいらしているので、特に皮膚のことなど、お話をしていただければと思います。
KH: 皮膚ダニというのがありますが、役割もあるわけですよね。
松井: そうですね。いわば共生しているわけですが、まあ、あれがいなくなったら動物にとっては、良いことかもしれません。・・つまり、動物側の役割はわかりませんが、ダニにとっては、大事な生育の場かもしれません。
KH: 共生しているところでは何かしているわけですね。
HY: 何年か前に、日経サイエンスで微生物の特集がでた時、超ショックというか、嬉しい。やっぱりそうかと。今までのサイエンスとは全然違う、微生物の存在は無視できない。いろいろ塗りたくるより素肌でいる方が、はるかに微生物が喜ぶ。健康な皮膚というのはゾンビのように微生物に覆われた、あの表紙がずっと頭にあるんですが、あれを基本にして考えると、今、市販されているのは、いかに違う方向に行っているかと思います。
上田: なるほど、松井先生からみて今のスキンケア商品の現状について何か思われることはありますか。
松井: そうですね。たしかに今までの研究は、表皮細胞の研究から開発されてきたものが多かったのだと思います。どんな微生物とどういう相関なのかについて開発されたものは少ないと思います。よくスキンケア製品などの開発段階で行われている研究は、ヒトの皮膚表皮を人工的に培養して作り、それに対して薬を使って良くなるか良くならないかを行うのが中心で、それに微生物を組み込んだ研究は少なかったと思います。
ここ数年、DNAの配列を決めるシークエンス技術が一気に進んで、前は一部の配列や種類しかわからなかったのが、一遍に一つもしくは多数の菌のDNAシークエンスが読めるようになりました。それでどういう菌がいるのかが、網羅的にわかるようになって来た。その辺の実情はまた、変わってきているので、これからは、微生物を考慮したスキンケア研究が増えてくると思います。
HY: マイクロオーガニズム(微生物)からマイクロバイオーム(微生物叢)という言葉に変わっているように、特定の一つの菌を取り出してどうのこうのというのは、実にナンセンスな分析、と思うようになったんですが。
松井: そうですね。トランスクリプトーム、マイクロバイオーム、エピドームとか・・オームとつけた、網羅的に全部解析する研究がここ数年急激に進んでいます。一つの物質、一つの菌だけでなく、やはり相互作用、ホストとの相互作用、最近では、臓器間の相互作用・・・研究の対象がどんどん広がって来ています。
HY: サイエンスも更新しないといけませんね。わくわくします。
上田:
素朴な疑問ですが、常在菌が何種類いるのかを調べるには、拾って来て、培養して形態観察して分けていく、と思ってしまうのですが・・それではできないということですか。
松井: はい、培養した時点で、そこにバイアスがかかる可能性があります。つまり培養されやすい菌・培養されにくい菌があることが知られています。
皮膚において細菌叢採取法でよく行われているのは、「スワブ」という、擦ったものをそのままシークエンス解析するのがありのままの細菌叢を把握するには一番です。その中の特定の菌が必要な時はやはり培養するわけですが、嫌気性、つまり酸素をあまり入れないとか、条件をいろいろ変えて、目的の菌を培養します。ただ、培養できない菌も多いので、それをなんとかしたいと皆考えています。その中にはまだまだいい菌もあるはず。
上田: なるほど。そのDNAシークエンスを総ざらいに読み込んだら、これは何菌、これは何菌と特定していくことはもれなくできるのですか?
松井: 今はできます。簡単にはどういう菌がいるかだけを特定できます。その菌のゲノムがどういうDNA配列を持っているか、どんな遺伝子で、どんな転写産物つまりRNAを持っているか、そしてどんなタンパク質を作るか・・など、正確に解析するにはそれはもっとお金がかかる。
HY2: 培養できない、とは、どういう意味ですか? 与える餌が存在しないとか、ある仕組みの中でなければ生存できないとか、それを人工的に作れないというのが培養できないということですか。
松井: まさにその通りです。一般的に使われる寒天培地というものの中には、酵母などを抽出した粉など、いろんなものが入っていて、それを溶かして滅菌して、寒天を1.5%入れてつくります。寒天培地の内容を変えたりすることで、増える菌は培養できて様々な研究がされています。ところが、菌の中には、菌と菌とのお互いの助け合いとか、皮膚の常在菌のように皮膚の角質層を好んで食べて生きている菌がたくさんいる可能性があります。なので、特定のホストの環境でしか生えない、という菌がたくさんいるはずです。
だから、最近は、腸の細菌の研究では、ヒトの便のサンプルを、マウスの口から投与し、そのマウスの便を別のマウスの口から入れて、継代して、寒天培地の代わりにマウス上で植え継いでいくとか、実験でうまくやっている場合もあります。
上田: 便移植とかもありますね。
松井:
慶應大医学部の本田先生らは、 十数種類の菌が炎症を抑える、という報告をしています。ヒトの便のサンプルから、マウスを使って効果のあるものを絞り込んで、十数種類の菌の組み合わせが炎症抑制に有用とわかり海外のベンチャー会社を立ち上げて、今臨床治験のフェーズ Iまで進んでいるそうです。このように菌を使って腸炎を治療していこうという動きも進んでいます。
 単に物質を、化合物を飲むとか、一種類の菌を飲むとかではなくて、そういうコミュニティを飲む、というか、生きたまま飲む。本来、人間がもっていたものを飲むということがいいんじゃないかという考え方も出てきているのだと思います。
KH: その考えからすると、今の薬による治療とはまったく逆ですよね。
松井: はい。ですから、今までの治療薬は、それが低コストで製造でき、非常に多くの方に良く効くので、標的に対しては飲んで薬剤を全身に行き渡らせるというものでしたが、それが逆に副作用も生む場合もあります。
KH: 薬による治療が、本来的なものではないということですね。
松井: だんだん、そこの弊害がわかってきてなんとかしようともしているのだと思います。
■ 本来の保湿とは
KH: 皮膚の常在菌は、風呂に入った時、あまり石鹸で体をゴシゴシやらない方がいいとか、いう話もありますね。
松井: 皮膚科医の方々がよく言うのは、ナイロンのメッシュなどで強くゴシゴシやると、せっかく陸上に上がる際に獲得した角質層を取ってしまうことになるそうです。アルカリ性の界面活性剤も効果が強くて汚れは良く取るけど、細菌も取ってしまう。今、弱酸性がいいと言われるのは、皮膚の角質層は弱酸性pHですから、アルカリ性を使うと皮膚も細菌も破綻してしまう。そうすると、弱酸性pHを好む常在菌のエピデルミス(表皮ブドウ球菌Staphylococcus epidermidis)が、生育しづらくなり、それとは違う、中性pHを好む黄色ブドウ球菌などが育ちやすくなります。そのような環境は、あまり崩さない方がいいという考え方です。
AY: タワシとか石鹸とか、韓国アカスリも危ないのかも。
松井: アカスリのあとはあまり太陽に当たらないようにとか言われるらしいですね。やはり、バリアを弱めているので、注意が必要です。
上田: 皮膚のバリアを損なうと、皮膚が傷んでそこから何か入るとか、炎症が起きるというイメージでとらえていますが、体の他の機能ともなにか関係するんですか?
松井: 「皮膚は内臓の鏡」と言います。いろんな内臓の不調が皮膚にも反映しやすい。逆に、皮膚の経皮感作といいますが、パンを食べても大丈夫だけど、皮膚から小麦が入るとか、外来のものだとすごく反応する場合があります。口から入るのと、皮膚から入るのでは違う。
 最近では、乳児期の皮膚のバリアケアが、アトピー性皮膚炎の発症率を下げることがわからりました。皮膚のバリア障害を起点として乳幼児期のアトピー性皮膚炎から始まり、食物アレルギー、気管支喘息、アレルギー性鼻炎などのアレルギー疾患を次々発症する特徴的な経過をアレルギーマーチといいます。つまりアトピー性皮膚炎から喘息や食物アレルギーなどにもつながってしまうことも知られています。小さい頃に、皮膚からいろんな抗原が入らないようにすることが大事という考え方になっている。
YH: 皮膚か、口と言われたけどパイエル板からですか?
松井: 皮膚の場合はランゲルハンス細胞、口から入ると腸ではパイエル板、その他の臓器にもいろんな免疫細胞がいます。
HY: 私たちの皮膚は結構しっとりしていて、乾いていないのは、汗腺とか皮脂腺とか、内部から天然の保湿成分があるからだといいますが、ある化粧品メーカーの研究所では、いかにその成分に近づけるかを目指しているとか。
また、たくさんの微生物が私たちを守っている、ここで生きているとしたら、汗や皮脂を餌に食べて排泄しているので、その排泄物も混じり合って、天然乳液を作っている。それを保湿剤に製品化しているのも、なんか疑わしい。本来は自分の体で作られている保湿成分が理想ではないかと思うんですが。
松井: もちろん、そうですね。赤ちゃんは保湿剤要らず。保湿は、汗もあるけど、角質層が十何層か積み重なって、その死んだ厚さ2ミクロンくらいのぺったんこの細胞の間に水分が入っている。ぎっしりのケラチンファイバーが入った死細胞の隙間には、セラミドと脂肪酸とコレステロールが層になってぎっしり埋めています。その死んだ細胞の中に水がどのくらい含まれているかが保湿能になります。これは哺乳類だけです。爬虫類にはそういう構造はない。哺乳類になった時に、保湿できる構造になった。
 ところが、角質の下は90何%水です。細胞ですから。そこは潤っています。なので、皮膚が潤っていないのではなくて、角質が潤っていないだけです。本当に10数ミクロンぐらいの話しです。その部分が、保湿されていないと一見表面が乾いて見える。シワもできる。そこが、ひび割れたりすると、抗原も入ってくるし、乾燥肌だとかゆみが出てくる。いろんな問題が出てくるので、保湿剤が助けてあげるために必要になる。本来の哺乳類自身が持つ保湿能を発揮させるにはどうするかですが、死ぬ細胞を作る最後の生きている細胞、顆粒層の細胞がちゃんとうまい死に方をして、良い角質層を作ることが大切だと思います。表皮の細胞は常に角質層表面から剥がれて行っていて、基底層という増殖層から約一ヶ月で角質層となり、表面から剥がれていくとされています。
それがうまくいかないと、例えば、年を取ったり、スピードが遅くなったりするとだんだん古い角質層が溜まったままで、あまり新しいものに入れ替わらなくなる。皮膚には、腸ほどべたーっと細菌はいないのだと思います。点在しているような感じのイメージだと思います。顕微鏡で見ても、そんなに見つからない。
KH: シワの凹みにいるとか・・平らなところにはいそうもない。
松井: 皮膚の溝のようなところにいるとか、毛穴の周りとか、常在菌に助けてもらうために、皮膚自体が細菌をふやすような物質を出すこともある。
HY: あの、NMFというのは医学用語ですか?
松井: 化粧品業界の用語でもあります。NMF、Natural Moisturizing Factors天然保湿因子、その半分以上はアミノ酸で、他、乳酸、尿素とか糖質です。それが水分を含みやすいという意味で、天然保湿因子と呼ばれています。角質層の中に含まれている、水を含む物質とされ、遊離アミノ酸が半分をしめますが、そのほとんどはフィラグリン(Filament Aggregation proteinから由来)という遺伝子産物、かなり大きな分子ですが、それが完全に角質層の中で分解されて、角質層の表面でアミノ酸にまでなる。(これが角質層の保湿に重要とされているが、NMFがなくても保湿される現象も報告されている)
 2006年にダンディー大のIrwin McLeen博士らにより、フィラグリン欠損症の方がイギリスで見つかり報告されました。世界中に変異のある方はいるんですが、変異のある人には魚鱗癬という病気になるというものでした。驚きだったのは、アイルランドのアトピー性皮膚炎患者の半分にフィラグリン変異があったことも報告されたことです。そこで、この天然保湿因子を作るフィラグリンに変異があると、バリア異常が起きて、アトピー性皮膚炎になるのではないか、と考えられています。(ただし天然保湿因子があっても乾燥肌の場合もあります)。
それまでアトピー性皮膚炎は、免疫系の異常が原因と考えられていました。フィラグリン変異の発見を境に、皮膚のバリア異常がそもそもの原因ではないかとも考えられるようになりました。日本人でも調べられて、アトピー性皮膚炎患者の約20-30%ぐらいにフィラグリン変異が見つかります。北海道のアトピー性皮膚炎の方はフィラグリン変異が多く、南の石垣島では少ないことも知られています。つまり緯度や家の環境によっても発症率が違う、環境要因も大きく関わるようです。
HY: 今、アトピー性皮膚炎で処方されるのはステロイド剤ですが、それは方向違いの治療なのではないですか。
松井: 皮膚科に行かれる重症の方は、まず炎症をおこしていますから、いったん炎症を抑える必要があるそうです。用量を守れば、炎症をコントロールできる薬剤とされています。そこを守らないといろんな副作用がでてきてしまいます。ただ、すべての免疫反応を抑える目的で使われているので、もう少し特異的に、どのバリアのメカニズムやどの菌のどの作用を抑えるということができるとより良い治療ができるはずですが、まだ完全にはわかっていない。 
■ 皮膚と進化
上田: 進化の話ですが、角質層は死んだ細胞でできているけど、生きた細胞から死んだ細胞に移行していくシステムになっている。それが両生類から獲得されたというのは、外界の環境に合わせて適応進化した、遺伝子型ができたということですが、そのへんはどのように研究されているのですか。
松井:




そこが一番謎でわからない、脊椎動物が陸上進出を成し遂げた大きな鍵だと思うんですが、少なくとも哺乳類では、一番最後、死ぬ一歩前の細胞(顆粒層)がタイトジャンクションというバリアを作っています。
タイトジャンクションというのは、細胞と細胞がゼロに接近して、くっついている構造。体の内部にある小腸上皮とか、いろんな上皮細胞すべてにある構造です。皮膚表皮をはじめとする、重層上皮細胞は、その死ぬ一個手前の、生きている顆粒層の細胞がタイトジャンクションを作る。そのタイトジャンクションが液体を上と下に分けて、違う環境を作れる。だから、小腸は小腸で、管腔内と細胞側を分けて機能できる。それが皮膚の場合は、顆粒層の死ぬ一個前の細胞がタイトジャンクションを作って、その上に一個生きている細胞をおいて、そこからたぶん弱酸性に傾けているという、非常に特殊な環境を作っている。そこから徐々に死んでいって角質層を作っていく。それぐらいのことをしないと、そういう強固でユニークなバリアはできなかったのかもしれない
つまり、角質層と、タイトジャンクションと二つバリアを持っている。
KH: 海水の中の生物と違うところですね。
松井: そうですね。空気と液体の界面を作り、そして、液体と液体の界面をもう一個作り、それがたまたまできた両生類が陸上に上がったということですね。では、海に戻った哺乳類、イルカとかクジラの皮膚は、どうなのか。
実は、私たちの皮膚には、核もミトコンドリアもみんな消えた角質層があるけど、食道って角化していないんですね。角質層がない。つまり、食道では上の(表面の)細胞まで核があって、それでぽろぽろ剥がれていく。バリアはそんな乾燥型のしっかりしたものはもっていない。
そして、イルカやクジラは「食道型」の皮膚。戻っているんですね。
上田: へぇー、なんと。環境適応ですね。
松井: 最近、ウィーン大のLeopard Eckhart博士らの報告によると、一部のクジラ(マッコウ鯨やミンク鯨)は、フィラグリンもなくなっている。海に戻ったクジラでは、哺乳類で出現した、バリアや保湿に関わるフイラグリンさえ要らない、と失くしているみたいですね。 
上田: そういう一度、獲得したものを環境に応じて失くしていく、という進化の道筋があるわけですね。
松井: 皮膚は外界と常に触れている最前線の組織なので、そこをたまたま変えられた生き物は、新しい環境に進出していけるし、その中で要らないものは失くなっても皮膚が適応して生きていく。
地球の歴史のいろんな環境変化と、生き物の種の発生、両生類の出現とか、哺乳類の出現とか、そういうところで皮膚の変化は大きい。その時に環境変化による大量絶滅も起きている。哺乳類出現の時は、酸素濃度がすごく下がって、それから上がってくる時代、ペルム紀のあとの2億3千万年前くらい。そこで環境変化があった時に、たぶん何らかの皮膚適応があったのではないか。 
NK: 適応でも、ネアンデルタール人とは体毛がずいぶん違うとか。あれも進化とか退化というより環境適応ではないのか。
松井: 毛というのは哺乳類の大事な一つです。外界の情報を瞬時に捉えて、逃げたり、ということもあるけど、肌と肌の触れ合いというのも脳の発達には大事。哺乳類からは兄弟でお互い触れ合って育つ。それで脳も発達させられたのでないか。感受性も高まっているのが、爬虫類とは違う点です。もしかすると知能が大きく上がった可能性もあります。心理学でも皮膚は大事な要素とされています。
HY: 皮膚は単なるバリアではなくて、第三の脳ではないかとも言われているとか。皮膚は考える、というのはどういうことか。
松井: 最近、たしかに他の分野でも証明されている。皮膚はもともと外胚葉性で、神経もそうです。皮膚と神経は由来も一緒。資生堂の傳田光洋博士らは、皮膚表皮が神経細胞と同じ分子を出していることから、皮膚と神経は同じ機能をしているのではないかと提唱されています。いろんな電気生理学的にも、グルタメートレセプターとか、いろんな神経伝達物質を使うのに重要な分子が出ているとか、そこで皮膚は神経のようになにか感受してそこから末梢神経につながっているのではないか。
末梢神経は表皮の裏まで来ていますので、そこになにか情報を渡しているのかもしれない。そういう点で、皮膚も神経と似たような機能を持っているのではと考えられます。
HY: 松井先生が今、一番ワクワクしている研究はなんですか。
松井: ぼくらは今、顆粒層という、生きている最後の細胞を分離する方法をやっと開発しました。一個の細胞レベルで、それがどう死んでいくのか。解析していきたい。この方法を使えば、それがどうやって角質層を作るのかが細かくわかるかもしれない。今、マウスで実験しているけど、今度は爬虫類のヤモリ、それから両生類と調べていき、比較顆粒層細胞生物学という分野ができれば進化の歴史が探れると思っています。
上田: アイカムさんの映画も同時並行で制作できるといいですよね。
 今日はアイカムの映画を見た後、松井先生から今手掛けていらっしゃる研究のことをお話いただき、共生のことや、私たちの身についているいろんな防御機構のお話まで、かなり幅広い話になりました。臓器や皮膚やそれらのケアのことなど、いままで考えていたことが変わりつつある時代にいるんだなあ、という気がします。こういう情報を、視覚的な映画のような作品を通していろんな方に伝えていくことは、ますます大事になっているのではないかと思いました。
 また、先端的な研究でも、私たちの生活や健康に直結するような情報も出て来ていると感じます。専門が難しいからと敬遠するのではなくて、専門家と一般の人々がやりとりできることが大事だと感じました。今日は本当にありがとうございました。 (拍手)

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